
「学園祭」とは何か【新】
学園祭の“Newold”
“F祭”の実行委員会の動きを通して学園祭の価値に迫る※この物語は事実を参考にしたフィクションであり、「序」「転」「新」の3部構成で描かれています
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(前回までのあらすじ)
委員長のタケルが呼びかけた「22時以降のメッセージのやりとり禁止」で、委員会内に波紋がひろがる。全体LINEに反対意見が飛び交う中、企画部員のヤスイが放った言葉でさらに波紋の輪が拡大。一方、企画部長のスギヤマら執行部はそんなヤスイを労い、下北沢で会うことに。
FUMON festival(F祭)実行委員会組織図

スギヤマの話 …F祭実行委員会の企画部長
タケルが相変わらず遅い。すでに企画部員のヤスイと自分は揃って席に着いていた。下北沢の井の頭線高架下の飲食店街は相変わらず若い人たちで賑わっている。律儀なヤスイは委員長のタケルが来るまではちょっと、とか言って注文しようとしない。苦笑しながら、簡単な食事を数品頼み、自分は生ビールを飲んでいた。企画部はチームで集まって、最近のトレンドや面白い話がないかそれぞれが収集してきた情報のやりとりをしているので、こういう場は手慣れたものだった。
さっきメッセージ欄を賑わせていたのは、執行部全体としては計算通りだった。実は夜遅くにLINEが飛び交うことは悩みの種となっており、放置するとモラルがおかしくなると指摘したのは副委員長のサクライだ。実は自分も同じことを考えていた。目一杯やることはいいが、学業が前提であり、バイトしながらの学生も数多い。委員会をやるのが至上であるという流れが強くなり過ぎれば、本末転倒だ。我々は大学生だからこそ、学園祭の実行委員ができるのである。そこで、サクライとタケル、そして執行部で協議しタケルがメッセージを発したのである。サクライのこういう視野の広さにはいつも脱帽する。同時にタケルの行動力と意思決定の速さが相乗効果を高めている。なかなか頼りになるやつらだと思う。
タケルを待つ間に、経緯についてはヤスイに伝えた。実は、委員会内ですぐにタケルの考えをバックアップする意見が出なければ、執行部のメンバーで芝居を打つつもりだったのである。しかし、想定以上に早くヤスイが反応した。正直想定外だった。確かに、ヤスイは筋の通ったところがある、仕事も早く頼りになる。気がつけば自分が意見を求めるのはヤスイではなかったか。ヤスイのメッセージの後タケルからすぐに個別にメッセージがきた。「ヤスイくんいいね。ちょっと彼と話したいんだけど」。相変わらず簡単なメッセージだと思った。
お、タケルが来たようだ。あれ?3人いるな。タケル、サクライ、あと一人は女の子かな?あ、こないだ取材させてくれって言われて話した子か。名前が思い出せない。

タケルの話 …F祭実行委員会の委員長。9部局を統括する
ヤスイくんに興味をもっていた。行動力も、実行力もあり、意思決定が早い。施設部長のヤマシタと話している中でも、ちらほら名前が出てきていたからだ。この1年、次期会長になりうる存在に目を配っていた。これは誰にも話していないことだった。この委員会の代表は立候補制であるものの、実のところ現代表が次の代表候補に声をかけ、その上で立候補を行い複数候補がいれば決選投票になっていく。多くても3名ほどが立候補するものの、近年は1名ないし2名による立候補だった。コロナの影響が大きい。F祭は、新型コロナウイルスのパンデミックにより2年間リアルでの開催を見送った。当然、委員会の活動も大きく制限されることになった。9つある部での活動内容も省力化された結果、委員会メンバーのアクションが見えづらくなっていったからだ。
コロナの最中に、2年、3年となり委員長を経験した大前さんは、自分の師匠である。卒業後は母校K大学の職員になったことで、実際の社会との違いや、学生だからできる緩さや自由さについて教えてくれている。我々は学生でありながら、歴史あるF祭を取り仕切る委員会として、地域の方々、大学職員の方々、外部企業の方々に対して代表として接点を持つことができる。だからこそ、しっかりとした仕事をやらなければならないが、学生であり無報酬である以上どうしてもツメの甘さや無秩序さ、仕事という意識の希薄さは生じてしまう。大きな力になってくれるのが、大学の学生部職員の方々だ。とにかく、どんな相談にでも答えてくれ、忠告を与えてくれる。それがたとえ厳しめであっても、それは本気で考えてくれている証左であり、ありがたい。地域における大学の器やパワーをまざまざと感じさせてくれるこの活動に、自分は魅力を覚え始めている。
委員会はコロナが明けてからリアル開催でのやりとりに四苦八苦してきた。3年間で人が入れ替わるため、コロナ前の感覚を覚えている学生はいない。自分が委員長になった時には、前委員長のヤスカワさんに、「リアルを取り戻すのは容易ではない。それでも、まず不動の信念で笑っていられるやつが重要だ。お前しかいないだろう」と言われたのを今でも思い出す。しかし次の委員長には実行力が必要となるだろう。素地は俺らが整える。その上で、リアルのユニークネス、つまり独自性を取り戻すべき時だ。そんな時、アイコが「祭りの研究をし始めたからF祭について取材したい」と言ってきた。最高のタイミングだと感じた。これで過去の系譜や、執行部の思考、我々の真意が残せるのではないかと思う。なんとかって漫画に、あらゆる人の能力を吸収して自分のものにする悪役の話があったけれど、俺はそれだ。次の委員長にいろんなものを継承したい。サクライもその思いに強く賛同してくれている。ヤスイに会うときは、アイコとサクライと一緒にいくのがいいだろう。さて、ヤマシタはげんなりするかな。
アイコの話 …K大学3年生。所属ゼミの「祭り」をテーマにした調査に取り組む
F祭当日がこんなに楽しみだったのは、3年間で初めてのことだ。タケルには感謝している。8月からの3ヶ月間は、怒涛の取材の連続だった。まさか、実行委員会の次期継承の話にまで食い込んでいくことになるとは夢にも思っていなかった。タケルがこっそり私を委員会の全体グループLINEに加えてくれていたので、リアルタイムのやりとりが閲覧できていた。結局、ヤスイくんはあれからしばらく考えていたのか、メッセージには業務連絡のようなところでしか登場しなかった。あの日の下北沢での話は、業務連絡でのやりとりとは違って明け方まで続いた。ヤスイくんがひたすらに喋っているのを、タケル、サクライくん、ヤマシタくんがじっと聞きながら、時々、ヤマシタくんがいろんなことを質問したのが印象的だった。びっくりしたのは、サクライくんがいったん語り出すとものすごく社会学に精通した人間であるということと、とにかくよく話すということだった。それでも、あの日はヤスイくんがとにかく喋ってたっけ。タケルはほとんと発言をしなかったけれど、最後に「次の委員長にはヤスイくんに立候補してほしい」と告げた。その時だけヤスイくんは目を丸くして黙り込んでたのも印象的だった。F祭実行委員というのは、イベントを実行し続けながら、人を繋ぎ続けてバトンを渡していくのだなと感じた。調べてみると、いわゆる人類における祭りというのも同じだ。実行していくには、そこに関わる人たちの大きな協力体制が欠かせない。学園祭っていうのは、時期がくれば誰かがやってくれるものだと思っていたけれど、組織体制、継承の流れともども、深くつながっているのだ。
一連のレポートは「楓」というタイトルにして、ゼミの先生に提出した。なんと、ゼミの先生もまた学生時代、学園祭の運営に携わったらしい。そこはF祭実行委員会とは異なる名称で、各部が分かれていたという話を聞いた。なんでも宣伝局のように局という名称だったらしい。マスメディアに強い大学として知られるその大学では、少しでも意識を近づけるためにそうしていたのかもしれない。
F祭には今年もたくさんの来場者が訪れている。地域との関係を重視し、さまざまな取り組みを行うF祭では、世田谷のキャンパス界わいの商店街でもさまざまなイベントが行われている。すべて執行部の部長やメンバーが関わっているのだと思うと少し感動を覚える。タケルが委員会に入りたいといった1年生の時の気持ちが、今ではよく理解できる。
エピローグ(ヤスイのつぶやき) ヤスイ・・・実行委員会の企画部員
次の実行委員会の委員長選挙がスタートするのは来年4月からだ。11月のF祭が終了し、12月までにさまざまな引き継ぎをもって、その代は終了する。そこから年末年始、定期試験、春休みなどの期間を経て、4月に現委員長が立会人となって次期委員長を決める選挙がスタートする。現委員長はリクルートスーツで参加することが多いのはそうした理由がある。
僕は今年の委員長選に臨むにあたり、タケルさんからいろいろな話を聞いた。オオマエさんという何代も前の委員長にお会いしたのは春休みだったと思う。コロナ禍を経験した伝説の人でもある。期待している、と言われて高揚した。僕らの委員会はどうなるのか今から楽しみだ。もちろん、委員長選に負けるつもりはない。候補者は自分を入れて2名と聞いた。タケルさんが「どちらも俺から声をかけた。次の委員長選挙は2名でやればいいと思っている。誰がどのように組んでも最高だろう」と話している。俺だけじゃないんかい、と思ったけれど望むところだ。僕らにとってはこれがF祭の始まりなんだ。

(文中のイラストはすべてオリジナルプロンプトを使ったChatGPTによる創作です)
【協力いただいた皆さん】

※取材・令和6(2024)年9月

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