Kokushikan Magazines Feature

選手を支え、切れ目のない豊かなアスリート人生を

防災・救急救助総合研究所 大木 学 准教授

本学に学生アスリートを支えるスペシャリストがいるのをご存知でしょうか。アスレティックトレーナー(以下、AT)の資格を持つ防災・救急救助総合研究所の大木学准教授です。救急救命士とATの両資格を有する大木准教授ならではの視点でアスリートに伴走しています。

本学におけるATとは ー  大木准教授に聞きました。

「何でも屋」

ATの仕事は、アスリートが試合当日にベストパフォーマンスを出せるようフィジカル、メンタル両面からサポートすることが第一の仕事です。具体的には、競技前の身体の準備、競技中の応急処置、競技後のクールダウン、リハビリテーション、メンタルケア、復帰プランの立案、けが再発予防、痛みや負担の解消など、多岐にわたります。ATとはスポーツをする人たちにとっての「何でも屋」のような存在であり、アスリートが競技人生を全うするための土台を支える専門職だと私は考えています。

責任の重さを学ぶ

私自身、高校時代に野球選手としてけがに悩まされ、理学療法士の方に助けていただいた経験から大学ではスポーツトレーナーについて学びたいと思い、早稲田大学に進学しました。そこで4年間トレーナーの基礎を学び、ATというものが海外にはあると知り、卒業後にアメリカへ留学してAT資格を取得しました。アメリカの所属大学では安全管理を一切任され数多くの現場経験を積み、ATとは現場で命に係わる重大な選択を余儀なくされる存在だ、という責任感がこの時期に強く刻まれました。

帰国後は、主に帝京大学ラグビー部でATとしての実践を重ね、競技者の安全と競技人生を守るには救急救命の資格が必要だと、いよいよ強く感じていました。ちょうどその時、国士舘大学のスポーツ医科学科の存在を知り、迷うことなく編入し救急救命士の資格を取得しました。

 現場判断を明確にするための2つの研究

現在、私はATの現場判断をより明確化するための研究を進めています。
一つは、私がAT資格しか所持していなかった時に最も恐れていた「顔面外傷時の対応」についてです。顔面外傷は、脳振とうや頭部外傷、首のけが、口腔内出血による気道閉塞などコンタクトスポーツの現場で最もさいなまれる問題の一つです。顔周りのけがが起きた時、ATは救急車が来るまでの間、何をすべきかの判断材料が限られており、不安と戦いながらできる限りの対応に当たります。私もAT資格しか所持していなかった当時、そうでした。

しかし救急救命士の視点も踏まえて研究してみると、ATとしてできることが多くあることがわかってきました。そして「ATとしてどこまでできるか」がわからなかったから、強い不安を感じていたことに気づきました。研究はまだまだ道半ばですが、顔面外傷時の判断基準を可視化してトレーナーやコーチ、何より選手の不安を和らげたいと考えています。

もう一つの研究は「けが予防」についてです。スポーツにけがはつきものですが、起きたけがに対処するだけでは完全に治らないうちに他の個所に負荷をかけてしまうなど、ベストパフォーマンスに追いつかなくなってしまうことがあります。

けがには大小さまざまありますが、私が課題としているのが慢性的な痛みや障害を負う「ライフチェンジングインジュリー」と呼ばれる「人生を大きく変えるけが」についてです。どれだけ才能のある選手でも、たった一つのけがで夢を絶たれることがあります。しかし適切なサポートがあれば、その道を諦めずに進み続けられるかもしれません。

このようなけがが起こらぬよう、またけがをしたあとのケアにも注力して、アスリートがスポーツを始めた頃に描いていた選手人生を楽しく過ごしてもらえるよう、研究を進めています。

   

けがをしない体づくりの指導・学生ATの育成

私は、ATの役割とは選手の「可能性」を守り、その先の未来へとつなぐ専門職だと思っています。選手には、好きで始めたスポーツを最後まで楽しんでほしいと願っています。そのためには、選手自身がけがの予防と適切な管理をする必要があります。そのため、ストレッチやクールダウンの方法、けがをしないようなコンディショニング方法などを選手自身で取り組めるよう具体的に伝えています。

町田アスリートセンター

本学のAT活動は現在、多摩キャンパス・町田アスリートセンター(町田キャンパス)を拠点に国士舘スポーツプロモーションセンター(KSPC)が主体となり、アスリートが安全に競技に専念するための包括的サポートを行っています。

町田アスリートセンターは、基本的に各部活の選手がトレーニングセンターとして活用しています。ATは、そこで選手が安全かつ適切にトレーニングできるよう管理し、トレーニングのサポートやリハビリなどを行っています。

また、学生ATを育てることにも尽力しています。ATがいなくても、チームの中に学生ATがいることにより、けがのリスクを回避することができます。選手により近しい存在の学生ATはチームにとって欠かせないものとなります。選手自身が体調管理することはもちろん、チームをサポートする人材を育てるのもATの重要な役目です。そのため、町田アスリートセンターでは学生ATと一緒に選手のリハビリをしながら、学生ATに技術指導を行うこともしばしばあります。

試合中のけがの処置に向かう
試合後のからだのケアをレクチャーする

   

スポーツをずっと楽しめるように

人生100年時代において、スポーツは競技としてゲームを楽しむことはもちろん、その先の人生を豊かにし、可能性を広げる存在です。幼少期から高校、大学、プロまでさまざまなスポーツ現場があり、その中で自己成長を続けることが重要です。スポーツを楽しむすべての人がけがをしないように体調管理をする、またもしけがをした時に、それを乗り越え自分の限界に挑戦し成長し続けること、そして最終的には選手が自分の競技人生に誇りを持ち、スポーツを通じて人生を豊かにすること。それがATの、伴走者としてできることだと私は思っています。

大学スポーツは、変化や成長が大きい世界です。学生が1年から4年になるまで、ときには1試合で驚くような成長、表情や取り組みがガラッと変わる瞬間に何度も立ち会い、得も言われぬ感動を覚えてきました。本学には多くの学生トップアスリート、全国屈指の指導者、知識豊富な先生方、多方面からアプローチできる授業内容、さらには救急救命の人材、設備もそろっています。これは国士舘大学だからこその環境といえます。

この恵まれた土壌で、これからも学生アスリートの成長を支えていきたいと思っています。スポーツをしている本人はもちろん、親や同級生、アスリートにかかわる多くの人が競技や試合に没頭して楽しめる、そんな現場を作りたいです。そして、それが大学だけではなくアスリート人生でずっと続くよう、支えていきたいですね。

   

プロフィール

大木 学(おおき・まなぶ)
国士舘大学 防災・救急救助総合研究所 准教授/アスレティックトレーナー/救急救命士/修士(文学)


早稲田大学卒業後、アメリカでアスレティックトレーナー資格を取得。帰国後は実業団バスケットボールチーム、大学ラグビー部などでトレーナー活動に従事。40歳で国士舘大学に編入し、救急救命士の資格を取得。現在、研究や教育、現場サポートを通じて、次世代のAT育成とスポーツ現場の安全向上に取り組む。


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