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目指せ!国士舘から世界へ 秋葉茂季准教授インタビュー(ミラノ・コルティナオリンピック ウェルフェアオフィサー)

体育学部体育学科 准教授 秋葉茂季

日本選手団が史上最多のメダルを獲得する活躍をみせるなど、大熱狂のうちに閉幕したミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック。その舞台裏で選手団のメンタルヘルスを支えたのが、専門スタッフ「ウェルフェアオフィサー」です。同大会に帯同した体育学部の秋葉茂季准教授に、IOC(国際オリンピック委員会)が導入した五輪アスリートを守る世界的な取り組みについて聞きました。

2026年3月取材・多摩キャンパス

初めて聞く方も多いと思いますが、「ウェルフェアオフィサー」について教えてください

近年のスポーツ現場では、メダル獲得や結果を残さなければならないという競技でのプレッシャーのみならず、インターネットやSNSでの誹謗中傷など競技外での心理的負担が大きくなっています。これらの背景を受け、"選手団全員のメンタルヘルスを守る専門家"としてIOCから各国選手団に設置を義務付けられたのが「ウェルフェアオフィサー」です。実際に日本選手団でも、2022年の北京冬季オリンピックから心理学の専門家が派遣されています。

具体的にはどのような役割なのでしょうか?

主な役割としては、選手の心理的安全性と精神的健康を守るためにケアをする「メンタルヘルスケア」とハラスメントや誹謗中傷などから選手を守る「セーフガーディング」の2つです。
私たち、心理学の専門スタッフの判断は、目前にある勝利のみならず、選手の人生までをも左右することがあります。だからこそ、これら2つの専門性を掛け合わせ、目の前の成果だけでなくより広い視点から競技を捉え、選手の人生を守るサポートをすることが使命です。時には、指導者からの相談に対応する機会も多く、選手個人のみならず選手団組織全体の心理的安全を守ることも重要な役割といえます。

ウェルフェアオフィサーは個人で行うケアではないのですね

はい。ウェルフェアオフィサーの大きな特徴である2つの専門性には、それぞれの分野の専門家が担います。「メンタルヘルスケア」は、私のような各国のスポーツ心理に関する資格を有する専門家が担い、「セーフガーディング」はIOCが定めた国際セーフガーディングスポーツ資格を有する専門家が担います。ウェルフェアオフィサーがすべてのケアを自ら行うことは難しいため、多くの競技団体と連携・調整を行う必要があります。そのため、各競技団体とのつながりがあることや、各競技の現場を深く理解している人など専門的知見を幅広くいかせる人材が求められます。
今回のオリンピックでは、統括するチーフや我々専門スタッフを含めて合計4人のチームとして活動しました。

これまで国際大会で心理サポートを担った経験はあったのでしょうか

これまで、2008北京オリンピックを皮切りに、2012ロンドン、2016リオでサポートを行ってきました。
北京では、JOC(日本オリンピック委員会)の総合的な情報戦略を担当しましたが、ロンドンではカヌー、リオではバドミントンの代表チームの競技団体に所属し、選手を対象とした心理サポートを行いました。ロンドン・リオでは、競技団体に所属しての心理サポートであったため、大会期間中のみならず年間を通じて選手たちの相談に乗るなど長期的な寄り添い方をしていました。このような、競技団体の立場から選手に近い存在でサポートしていたことや、長年さまざまな競技を渡り歩き、現場を熟知してきた経験から、今回は全体を統括する「ウェルフェアオフィサー」を任されることになりました。選手個人と向き合う立場から組織全体を守る立場へと変化したイメージです。

ミラノ・コルティナオリンピック選手村のメディカルルーム内での秋葉准教授

五輪での活動について教えてください

ミラノの選手村の日本棟内に設置されたメディカルルームを活動拠点とし、メンタルケアの相談窓口として活動しました。
今回のオリンピックでは、会場が4か所(ミラノ、コルティナ・ダンペッツォ、リビーニョ、プレダッツォ)に分散していたこともあり、直接足を運べないケースや直接的に対応ができないケースがありました。しかし、オンラインや現地連携スタッフを活用し、迅速な対応が可能な体制構築に尽力したことで、ミラノに居ながらも選手団全体をスムーズにケアすることができました。また、選手村内と隣接するホテルに個別のカウンセリングルームを用意してプライベートが確保されながら相談できる環境を整えたほか、IOCが選手村内に設置した「マインドゾーン」も活用しました。

「マインドゾーン」とはどのような場所なのでしょうか

IOCが世界中の選手団を対象に設置したメンタルケアのための専用施設です。ここでは、ストレッチや瞑想などのセルフコンディショニング、塗り絵や知恵の輪など心理学に基づいたケアができ、選手が一時的に競技のプレッシャーから解放される環境が整えられていました。オリンピック選手には長期間にわたり想像を絶するような重圧がかかっており、その心理的負担は計り知れません。このような選手が一時的に競技から離れられる環境が整えられていることは、選手のパフォーマンスアップのためにも素晴らしいと感じ、私も日本選手団に活用を促しました。

競技のプレッシャーなどから解放され、心身を休められるよう設けられたマインドゾーン
マインドゾーンには1人で静かに過ごせる部屋も

選手団からはどのような相談がありましたか

五輪期間では、選手は"競技力向上"ではなく"試合でのパフォーマンスアップ"にマインドを切り替えています。そのため、相談内容は日ごろの身近なものというよりは、けがや日程変更などの試合でのパフォーマンスに影響しうる「予期せぬ事態」に関する相談が多かったです。そのような場合は、選手のみならず焦りを感じた指導者からの相談も多いため、組織全体のマネジメントを考えながら、選手のパフォーマンスアップのためにできることは全て行いました。

大会期間中に最も心がけたことを教えてください

選手個々に合わせたケアラポール(信頼関係)形成です。

五輪選手は、基本的には自己理解に優れ、セルフマネジメント能力が高い場合がほとんどです。これは、心理面でも同様で、それぞれの選手が自身の心理状態を理解してコントロール方法を確立しています。例えば、人と話すことでペースを保てる選手もいれば、一人で静かに過ごしたい選手もいます。我々のサポートにおいて最も重要なのは、こうした「個」を尊重し、本人のスタイルに合った適切なケアをすることです。自分自身がケアの引き出しを多く持ち、それぞれのスタイルにあった適切なケアをすることを第一に考えていました。
そのためには、日ごろから選手・指導者とラポール形成をしておくことが重要です。大会期間中は公式練習などの場に出向き、選手の状態をチェックするだけでなく、指導者らと綿密なやり取りを重ねるよう努めました。選手の状態を指導者と共有しておくことで、選手に合わせたケアができるだけでなく、予期せぬ事態に対しても日本選手団全体で選手を支えることができました。

ミラノオリンピックの印象的なエピソードがあれば教えてください

私はこれまで、長年多くの競技で心理サポートスタッフとして帯同してきた実績がありますが、近年は選手同士のつながりが一段と強まっていると感じます。とりわけ冬季競技では、シーズンを通して同じ大会を転戦する選手が多いこともあり、選手村の食事スペースなどでは、国籍を越えて和気あいあいと交流する光景が見られます。日本選手団の中でも、スケート競技において種目が違えど会場で一致団結している様子が画面越しでみられた方は多いのではないでしょうか。今回のミラノオリンピックでは、冬季競技の特性もあって選手村がコンパクトにまとまっていたため、そうしたスポーツを通じたつながりをより強く感じる場面が多くあり、スポーツがもつ競技性以外の部分での魅力を再実感することができました。

今後のウェルフェアオフィサーの展望についてお聞かせください。

ウェルフェアオフィサーの存在は、スポーツでの競技力向上や勝敗のみならず、選手の人間的成長や個性を尊重するスポーツ心理学の視点からもとても重要です。この存在が、選手個人のケアにとどまらず組織全体の心理的安全を守り、ハラスメントを未然に防ぎ、選手の人生を支える立場として確立されていくべきでしょう。ウェルフェアオフィサーがスタンダードになることで、誰もが安心してスポーツに取り組める未来が開かれると期待しています。

プロフィール

名前:秋葉 茂季(あきば しげき)
国士舘大学体育学部/
大学院 スポーツシステム研究科 准教授
生年月日:1982年9月18日生まれ(43歳)
出身地:東京都

教員情報:体育学部 秋葉 茂季 准教授 →

資格

スポーツメンタルトレーニング指導士

経歴

2005年 国士舘大学 文学部 教育学科  卒業
2016年 日本体育大学 体育科学研究科
     体育科学専攻トレーニング科学系 
     博士課程 修了 博士(体育科学)
2020年 国士舘大学 体育学部 /
     大学院 スポーツ・システム研究科 講師
2023年    国士舘大学 体育学部 /
     大学院 スポーツ・システム研究科 准教授


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