「地域連携」とは何かー国士舘と世田谷の「今」
地域と教育。行政と大学。 -win-winの連携がもたらす価値-
国士舘大学と世田谷区が協働して取り組む活動が広がりを見せています。インタビューを通して「地域連携」の新しいカタチを探ります。2024年2月9日、世田谷区と国士舘大学は包括連携協定を締結した。2023年以降2者で進めてきた連携をさらに強化するための一手である。遡ること10年ほど前より世田谷区は新たな教育センターの検討を進めてきた。大学、高等学校、中学校、小学校、保育園、幼稚園と公立、私立の枠組みを超えて子どもたちの教育を包括的に支援する中核組織だ。2017年6月には「世田谷区教育総合センター構想」が正式に策定。2021年12月、世田谷線若林駅から徒歩5分、小田急線梅ヶ丘から徒歩12分の場所に世田谷区立教育総合センターが開設された。奇しくもその3カ月後の2022年4月に、国士舘大学は地域連携・社会貢献推進センターを発足させている。こちらは、大学と地域のリレーションを統合的に管轄する組織だ。教育分野はコロナ禍以降、巨大な変革ニーズに晒されてきた。国士舘大学と世田谷区教育総合センターの連携に見る新しい可能性を追う。
話を聞いた先生:
世田谷区立教育総合センター センター長 宇都宮聡氏:長年世田谷区内の小学校で教員を務めて、学校長なども歴任した。2023年よりセンター長
国士舘大学地域連携・社会貢献推進センター 村上純一センター長:文学部教育学科教授。専門は教育社会学と生涯学習論。長年イギリスのシティズンシップ活動研究に注力。2022年よりセンター長
国士舘大学地域連携・社会貢献推進センター 本間貴子副センター長:文学部教育学科准教授。元特別支援学校教員。専門は特別支援教育、知的障害教育。2022年より副センター長
.webp)
世田谷区立教育総合センターの狙い
.webp)
現在世田谷区には私立、公立合わせて大学が17、高校が約40、中学が約50、小学校が公立校だけで約60、幼稚園や保育園に至っては100以上の教育機関が存在している。世田谷区教育総合センター(以下 教育総合センター)はキーワードとして”つなぐ””つながる”を掲げ、ステークホルダー同士をつなぎながら、自らもつながっていくことを行動規範としている。センター長である宇都宮氏に、教育総合センターの狙いを伺った。「私が赴任したのは2023年。着任しすぐにコンセプト作りに取り組みました。できあがったのが”街を歩くと学びに出会う”です。(宇都宮センター長)」
世田谷区ではもともと交流活動を推進する「学び舎」という取り組みが行われていた。中学校、小学校、幼稚園、保育園を連携させ地域で子どもたちを育てるシステムである。ところが、コロナ禍によって下火となり、かつ、人事異動が行われ情報の継承がうまく行われず、アフターコロナでうまく稼働しにくい状況となっていた。「2023年から2024年にかけて、教育総合センターに新しいエンジンをかけるため、地域の連携を高め、教育への関心を深める取り組みがないか模索しました。そこで注目したのが、大学との連携です。大学連携の取り組みが集約できるよう区の組織を整えました。ちょうどその頃、世田谷区内の大学関係者を集めた区長懇談会があり、その席で村上センター長に大学と区との連携のあり方を説明し、ご協力いただけないかとアプローチしました。(宇都宮)」
国士舘大学地域連携・社会貢献推進センターの思い
.webp)
国士舘大学で地域連携・社会貢献推進センターが立ち上がったのは2022年のこと。地域と学内の連携を強化し、積極的な協働プロジェクトを進めていくために窓口を設置する必要性が高まっていた。センター長として白羽の矢が立ったのは、イギリスのシティズンシップ教育の研究者である文学部の村上純一教授だった。シティズンシップ教育とは、民主社会を生きる「市民」に必要な知識や技能、価値観など多様な感覚を習得し、社会に参加するための教育を指す。「もとより本学と世田谷区が協働する取り組みは数多く行われていました。しかし、学部やゼミごとにバラバラで、統一された窓口がなかった。地域に根ざした大学であり続けたいと考えたとき、より円滑な連携体制の必然性が再確認され、地域連携・社会貢献推進センター誕生へと舵が切られたのです。(村上教授)」
センター設置当初の世田谷区との取り組みは、日本語支援だったという。小中学校に、外国にルーツをもつ子どもたちが増加しているものの、既存の支援では潜在的ニーズを満たせていないのではという課題を抱えていた。そこで、学級の中に入り込んだ日本語支援を試行したのだ。「学内には外国人留学生が多く学んでいます。留学生が小学校に出向き、共通の母国語を介してサポートを始めました。ここから世田谷区との包括的な連携がスタートしていったのです。(村上)」
文学部の本間貴子准教授が、専門分野の知見を生かして幼稚園で観察・助言を行う取り組みを始めたものこの頃だ。まずは大学のもつリソースを区の課題解決にどうつなげていけるか、両者で検討を重ねながらのスモールスタートだった。
.webp)
.webp)
国士舘と世田谷区の連携
.webp)
世田谷区と国士舘大学の協働プロジェクトは、若林小学校における「若林サミット」で加速する。若林小学校が地域の関係者を招いて実施する話し合いの場である。国士舘から、初年度は教育を学ぶ文学部の学生が参加し、翌年からは政治行政を学ぶ政経学部の学生も加わった。さらに、商店街やPTAといった多様な関係者も参加し、一つの課題に対してそれぞれの資源を活用したアイデアを提案した。それらのアイデアをもとにして、教員が総合学習単元の内容を構想し、授業に落とし込んでいくのだ。「初年度は、”地域を盛り上げるための若林の名物を作ろう”をテーマにしました。
若林サミットに参加した地域の方々にも協力いただきながら、子どもたち主体で企画を進めていきます。グループごとに、こけしを作ったり、カップを作ったり、中には世田谷線のシールを作ったチームもありました。また、若林地区はお祭りが盛んなので、地域の町会の方々と一緒に子どもたちが出店もしました。大変盛り上がり、教育総合センターの取り組みへの理解を深める起爆材となりました。(宇都宮)」
この取り組みは毎年行われ、防災マップ作り、ねぶた作りなど、地域の力を結集した学習が展開されている。その延長線上で交流が深まり、今では大学の学園祭に若林小学校の児童が出展するまでになっているという。
.webp)
.webp)
.webp)
.webp)
.webp)
地域連携・社会貢献推進センターの副センター長を務める本間貴子文学部准教授は参加した様子を次のように語っている。「一番は学生の表情が全く違ったことです。参加者は立場も年齢もみんなバラバラ。みんなで討論して、課題をどのように解決するか議論します。会場は熱気に満ち溢れていましたし、教育について肌で考える最高の機会でした。学生にとってもこれ以上の成長の場はないと思います。(本間准教授)」
「大学がこういう場に協力をするとなると労力だけを提供しているのではというネガティブなイメージをもたれる関係者が多少なりともいらっしゃいます。しかし、若林サミットのような取り組みにこそ、真に教育的な価値がある。学生が得られるものは極めて大きい。学内的には繰り返し協力する価値を伝え続けました。(村上)」
子どもの学びと地域
宇都宮センター長は、子どもたちの学びにおいて3つの柱の重要性を説く。1つが探求的な学びの活性化。2つ目が将来社会で自立するための力をつけるキャリア教育。3つ目が非認知能力の育成。非認知能力とは、意欲、自信、やり抜く力、感情制御、自己肯定感などを総合的に指すもの。学生、社会人、幼稚園から大学までの各年代で必要となるものだ。若林サミットにはこうした3つの柱のすべてが詰まっていた。「教育の最終的な目標は人格の完成にこそあります。我々は世田谷区全体にさまざまな問いかけをし、いわば良い波紋を起こしていきたいのです。すると、見えなかった障壁や穴が波紋を分散させたり、時には一つの円が綺麗に広がっていく様子が見えるでしょう。このように、世田谷の街そのものが学びの場になってほしいと思っています。学ぶ対象は、幼稚園・保育園の子どもたちから小・中・高、そして大学生にまで及びます。子どもたちを世田谷の街で育てていきたい、世田谷区が一つの学校になるようなイメージです。若林サミットでは、地域のステークホルダーに関わっていただいた。だからこそ、どこにどういった波紋が広がっていくのかをこちらも認識することができる。大学生や地域の人々が協働し、小学生の人格形成に寄与するわけです。今回の取り組みは、参加者からも高評価をいただき想定以上の手応えがありました。(宇都宮)」
大学にとっては、実学と実践が両立できる環境として、地域と連携が図れることにははかり知れない恩恵がある。座学では学べないことが実践の場にある。国士舘大学が掲げる国士の育成には欠かせない要素だ。
「その場に行ったからこそわかる感覚は、身体的に極めて重要な意味があります。これは座学だけでは習得できません。国士舘大学では、教育理念である「誠意・勤労・見識・気魄」の四徳目を重視し、社会のリーダー=国士となるという建学の精神があります。アカデミックの場はもちろんですが、学生が社会で学び社会に貢献する機会にこそ、大きな価値があるのです。(村上)」
連携がもたらすさらなる恩恵
国士舘大学にとって世田谷区との連携による恩恵は増加している。大学の演習科目の構築がスムーズになったのだ。「若林サミット後、本学の教職課程の演習科目に区内小中学校の先生方を招き、学生と議論する場を設けました。学生160人ほどに対して小学校の先生方が20人ほど参加し、小さなグループに分かれて現実的な教育の現場について議論しました。実務を担う教員が学生と接してくれるわけですから学生の意欲も高まります。さらに、教員免許の取得に必須となる介護等体験に関しても大きく進展しました。これまでは、個々にアプローチし許諾をとっていたので1施設1人受け入れてくれるかどうかだったのですが、教育総合センターの協力のもと、世田谷区内の施設の協力を取り付けていただき、ありがたいことに学生230人の実習先が決まりました。連携強化により充実した実践教育が実現できつつあります。(本間)」
このほかにも、社会教育主事資格取得のための実習先として、世田谷区の帰国・外国人教育相談室が協力。外国にルーツをもつ中学生への教育について、現場で学ぶ貴重な機会を得られている。「年に一度、日本語支援や社会教育主事実習に取り組んだ学生による報告会が開かれています。区関係者に取り組みの意義を伝える機会になりますし学生の成長の場にもなっており、学びと実習の連携が進んでいます。(本間)」

.webp)
今後に広がる展望
「国士舘大学との取り組みはファーストケーススタディだと捉えています。世田谷区内には17の大学がありますが、国士舘大学のような窓口を持つ大学はまだまだ少ない。我々としては大学と地域連携の関係をポジティブに変えていきたい。これまでは、大学ばかりがリソースを提供する傾向が強かった。一方で、地域にあるリソースをフル活用することができれば、大学にとっても大きなメリットがあるはず。国士舘大学を良い意味で利用させていただき、効果効能を実証できればと考えています。そのためには絶対にwin-winでなければならないのです。(宇都宮)」
現在世田谷区では、区長以下「参加と協働」というコンセプトを掲げ、地域との連携を推進している。連携は大学にとどまらず、青年会議所、消防団、ライオンズクラブといった、地域に根ざした人々の活動団体も含まれる。「世田谷の子どもたちのために役に立ちたいという思いの輪を拡大していきたいのです。さらに教育を外側から変化させるためにどうすべきかについて複数の大学との研究に着手もしています。どんどん積極的な取り組みを推進していく予定です。(宇都宮)」
「世田谷区との連携は、短期間ですが非常に密度の濃いものとなっています。それは、素敵な若者を育てましょうとか、地域を学ぶ雰囲気にしましょうというビジョンがしっかりと共有されているからです。目的がブレないので、打算なく協力関係を築くことができます。(村上)」
教育課題を共有し、それぞれが持つリソースの掛け合わせでどんな解決策が生まれるかを共に考えるスタイルは、新しいコミュニティの形といえる。
「本学にはスポーツ系の学生が多く、チーム競技の経験を持っている人も多い。しかし、彼ら自身がそうした経験を”学び”だと認識していないケースがほとんどです。実社会において本当に役立つのは、チームを作る力だったり、何かに気づく力です。彼らは普段実践できているので、対象が子どもたちや地域となっても応用できると考えています。学びとはなにか、実践がもつ価値にもっと気づいていただきたい。世田谷区との関係は、多くの学生の可能性そのものを提供することになる。学生は課題を共有すると、実に柔軟なアイデアを出してくれます。我々もさらに協力体制を深め、社会に新しい結びつきを作り出していきたいと考えています。(村上)」
国士舘の地域連携・社会貢献推進センターも日々忙しい日々を送っている。もともと、日本語支援として留学生が各小学校に出向いてサポートしていたが、世田谷区で外国にルーツをもつ児童生徒の受け入れ人数が増えてきたこともあり、教育総合センターでサークルのような集まりをつくることができないかという話になっている。それならばと、留学生だけではなく、興味関心がある日本の学生たちにも集まってもらうのはどうかと話が進み、先日大学の関係者と共に実現に向けたタスクチームが立ち上がったという。スピード感も抜群だ。今後も、世田谷区と国士舘の連携から新しい実践の場が生み出され、教育を通してより多くの志をもった人々が地域に根付いていくよう、取り組みは続いていく。
.webp)
令和8年3月4日取材
