10月20日、世田谷キャンパス大講堂において文学部倉持長子准教授が担当する「日本芸能史」の講義において、観世流シテ方能楽師であり重要無形文化財総合指定保持者の清水義也氏をお招きし、特別授業が開催されました。清水氏は東京藝術大学音楽学部邦楽科能楽専攻をご卒業後、観世宗家での修行を経て独立され、6歳での初舞台以来40年以上にわたり年間100を超える国内外の舞台で活躍されています。本講義は、教科書だけでは知ることのできない伝統芸能の歴史的背景や精神構造、能舞台の持つ意味を紐解くとともに、実演や体験を通じて日本文化の深層に触れることを目的として行われ、多くの学生が参加しました。
はじめに、清水氏は日本を代表する伝統芸能である「神楽」「能」「歌舞伎」を誰から誰へ向けられたものかという視点から比較し、八百万の神々へ向けて奉納される「神楽」に対し、「能」は中国大陸から仏教とともに伝来した「散楽」を原型とし、演者自身を消して神仏に変身し、その言葉や教えを人々に届ける芸能であると解説されました。一方で「歌舞伎」は演者個人の魅力を鑑賞させるエンターテインメントであり、自我を捨てて神仏の教えを伝える能とは根本的に役割が異なる点が強調されました。また、能舞台の意匠についても触れられ、正面の「鏡板の松」は単なる背景装飾ではなく神仏が降り立つ「依り代」であり、4本の柱と足元の白洲は人間界と神聖な神域を隔てる「結界」として機能しているという建築・空間構造の精神性が解き明かされました。
講義の後半では、清水氏が自ら企画・制作された新作能『小栗上野介』を題材に、日本の近代化の歴史と命の尊さについてお話しされました。幕末に日本初の遣米使節として世界一周を果たした小栗上野介は、帰国後に横須賀製鉄所の建設や日本初の総合商社の設立、週休1日制や月給制の導入など、日本の近代化の礎を築いた人物です。しかし明治維新の渦中で無実の謀反の疑いをかけられ斬首されるという悲劇に見舞われました。作品を通じて「人は誰のために生き、誰のために死ぬのか」という根本的な問いが投げかけられ、単なる鑑賞ではなく歴史の真実や慰霊の心に深く思いを馳せる時間が共有されました。
続いて、能の鑑賞において、文字や知識で理解しようとするのではなく、自ら身を乗り出してその場の空気感や音を心で感じるという心構えが示されました。また、世阿弥の『風姿花伝』に記された「初心忘るべからず」の真意は、単に最初の情熱を維持することではなく、日々新しく訪れる未知の経験や年齢に応じた課題に挑戦し続けることにあるとの教えが語られました。講義の締めくくりには、学生全員が背筋を伸ばした正座の姿勢で、お祝いの謡である「付祝言」の「めでたけれ」を声高らかに謡いました。伝統芸能の響きと熱量を全身で体感し、実直に本気で表現に向き合う能の精神を肌で感じ取る貴重な機会となりました。
最後に、清水氏から「信仰心やお弔いの心を大切にし、自分の命をどう燃やし、どのような未来を次世代に残していくかを考えてほしい」という熱いメッセージが送られました。単なる伝統芸能の解説にとどまらず、日本人の精神性や人間形成のあり方を再認識する深い学びの場となり、講義は盛況のうちに終了しました。
