編集部: 国士舘大学文学部には、どのような学びの特徴があるのでしょうか。
国士舘大学の文学部には、「教育学科」「史学地理学科」「文学科」の3つの学科があります。この中に、教育学、倫理学、初等教育、考古・日本史学、東洋史学、地理・環境、中国語・中国文学、日本文学・文化、など、多岐にわたる専門領域が存在しています。私はこれを「多様性のある海」と呼んでいます。
ただし、いろいろなものが混在しているだけの状態を「多様性」とはいいません。多様性とはすなわち、強く豊かな個性を持ちながら、一方で周辺の領域との類似性を認め、柔軟に関わりやつながりを持とうとする人々のみが生み出しうるものであり、それこそが文学部の最大の魅力であると思います。せっかく大学に入ったのだから、この「多様性」の中で自分の好きなことをとことん学んでほしいと思います。
もうひとつの特徴は、少人数教育が徹底していることです。原則としてゼミの人数は10名前後。教員の目が行き届く中でしっかり学ぶことができます。また、卒業論文が必須になっているので、少人数制の中で専門性を深め、最終的には100枚以上の論文を自力でまとめられる力が身に付きます。これは大きなメリットです。これだけの文章を構成して書ける力が身に付けば、社会のどこに出てもやっていけます。
一方、専門性の高い分野を極めることができるのも、文学部の特徴ですね。たとえば、「史学地理学科」の「地理・環境専攻」に生物地理学を研究する分野があります。カラスなどの害獣の空間分布を調べたりする研究もやるのですが、そのような卒論を書いた学生が地方自治体の行政職に就いたりしています。今、さまざまな地方で農作物を荒らす害獣が問題になっていますから、非常に狭い分野ではありますが、強く求められる人材だと思います。このように、高い専門性を活かしてその道のプロフェッショナルになる者が2~3割ぐらい、幅広く学んだ知識を活かして行政や一般企業に進む者が7~8割、将来の進路でいえばそんな割合になると思います。
編集部: 今年文学部は創設50周年を迎えます。
これに関する新たな動きはあるのでしょうか。
はい、国士舘大学文学部の創設は1966年ですから、今年で50周年を迎えます。この大きな節目に、私たちは現在、平成31年度の実施に向けて改革に取り組んでいる最中です。先ほども文学部は幅広くいろいろなことを学べる場であると述べましたが、今後はさらに各学科の垣根を低くし、互いの学びの活発な交流を図ろうとしています。そのためにカリキュラムも大幅に見直しています。半世紀の歴史を持つ文学部には、国士舘ならではの特色ある科目がたくさんあります。このような伝統の中で培われてきた良い部分をしっかりと残しつつ、時代の変化に応じて、変えるところは大胆に新しく変えていく。「多様性のある海」の中で、学生が自由に思う存分学べる環境を創ってあげたいと思っています。
編集部: 先生はどのような専門分野の研究をなさっているのですか?
私が研究しているのは、「自然地理学」という分野です。フィールドワークとしてずっとやっているのは、「サンゴ礁地域」の研究と「中東地域」の研究ですね。
まずサンゴ礁地域の研究ですが、これは30年以上続いているライフワークといっていいものです。サンゴ礁といっても、生物としてのサンゴを研究しているわけではありません。私が調べているのは、サンゴ礁地形、サンゴ礁とそれを取り巻く陸域の環境ですね。
サンゴ礁と聞くと、みなさん「海の中を守ればいい」と思いがちです。もちろん海の環境は大切ですが、それだけでは足りない。サンゴ礁は陸と海が一体となった生態系の中で保たれているものです。だから、陸域の乱開発などが進むと、それが海に影響をもたらし、サンゴ礁にダメージを与えます。
たとえば海がどんなにきれいでも、陸域に大雨が降って赤い泥水が流れ込んだら、それだけでサンゴはだめになります。畜産が出す糞尿や、畑の農薬、化学肥料などの海への流入も問題ですね。海だけを見ていては、サンゴ礁は守れません。海に接する陸域を含めた全体の環境を大きな視野で見ていくことが大切で、それをやるのが「地理学」の役割です。
編集部: 中東地域では、どのような研究をなさっているのですか?
中東のプロジェクトには2005年から関わっています。2003年12月にイラクのフセイン元大統領が拘束された約1年後ということになります。
もともとイラクは「中東の輝ける星」といわれるほど学問水準の高い国で、博物館にも優れた研究者がたくさん常駐していました。それが独裁政権のもと、優秀な研究者が弾圧されたり逃亡したりして、機能不全に陥っていたのです。
この年、日本の外務省の第三国支援プロジェクトが始まり、JICA(国際協力機構)が国士舘大学の「イラク古代文化研究所」に、イラクの博物館の若手学芸員再教育プロジェクトを依頼してきました。そのときに我々地理の人間にも声がかかり、「写真測量」や「地理情報システム」といった新しい技術を教えることになったのです。イラクは政情が不安定なので、安全な隣国ヨルダンの博物館にイラクの若手研究員を集め、教育プロジェクトは行われました。
そして、これは「地図中心」という雑誌にも書いたのですが、ヨルダンで活動中に、私たちはとある施設の一室に貴重な空中写真が大量に所蔵されているのを発見しました。1950年代にイギリス空軍が撮影した写真で、6000枚~7000枚あり、ほぼヨルダン全土をカバーしています。
空中写真は我々地理学を専門とする人間にとって非常に重要な資料になります。開発が進む以前のヨルダンの地形が写っているので、過去の地形を復元できる可能性があります。この写真から「ヨルダンヴァレー」と呼ばれている一帯の地形が分かり、活断層の存在が明らかになってきました。そこで重機を使って掘削を調査していくと、大きいところでは一回の地震で5メートル以上も活断層の動いた形跡が見られました。2016年の熊本地震では、1~2メートルですから、いかに大きな活動があったかが分かります。この付近はアラビアプレートとアフリカプレート、ユーラシアプレートがひしめきあっている地域で、地震が多いことで知られています。この地域の活断層が動いて大規模な地震が起きたら、たいへんな被害が出るでしょう。
このヨルダンでは、国士舘大学の地理の先生方にも入っていただき、自然地理、人文地理、植生地理など、いくつかのプロジェクトを立ち上げています。今年も他大学の先生にも入っていただき、調査に入る予定になっています。
編集部: このようなご研究をなさる中で、学生には何を教えてらっしゃるのですか?
授業として私が担当しているのは、主に地形学に関するものです。衛星画像を使って地表の環境変化を探る「環境リモートセンシング」や、「GIS(地理情報システム)」の授業も担当しています。これらはすべて地理学の調査をするうえで必要となってくる道具となるものです。たとえば、最近話題のドローンを飛ばして、10cmの高低を測量する地図を作ったりしています。私のところでは5年ほど前に西ドイツ製のドローンを導入して、サンゴ礁の写真を撮りました。ドローンとパソコンを繋ぎ、計画的に飛ぶコースを決めて、写真を撮って、それをコンピュータ処理して地図を作ります。こういったことを卒業論文のテーマにしたいといっている学生もいますね。また、卒業生の中には測量会社に入り、実際にこうした作業を仕事にしている人もいます。
授業ではキャンパスを出て、フィールドワークに出かけることもあります。5月には「地理学野外実習」という授業で、学生を国士舘大学多摩キャンパスの近くにある黒川(川崎市・麻生区)という土地に連れていきます。夏には沖縄に行ってサンゴ礁の調査を実施しています。希望者だけになりますが、毎年何名かは学生も連れていきます。
編集部: ゼミではどんなことを学ぶのですか?
ゼミは3年生のゼミと4年生のゼミがあります。ゼミの目的は、卒業論文を書くこと。3年生のときから自分でテーマを考えて、構成を組み立て、調べ物や調査をして、最終的には100枚程度の長さの論文に仕立ててもらいます。卒論は文学部の必須になっていて、これがいい勉強になるのです。
テーマは自由に選べますが、私のゼミですとやはり地形や環境変化をやる学生が多いですね。土地利用や環境の経年変化の研究です。また、地形発達史といって、河川に沿った地形が数十万年の間にどのように変化して今の地形に至ったかということを調べる学生もいます。地形の変化や段差の意味などを、学術的にフィールドワークを交えて調べていくということですね。
編集部: そもそも先生はなぜ地理学の分野に進まれようと思ったのですか?
実は、はじめから地理に興味があったわけではないのです。大学受験のときに一年浪人をしましてね、もともと希望は理学部で、地質を学びたいと思っていました。ところが友人が、「おまえは一浪なんだから、確実に受かるところも受けろ」といって、たまたま余っていた某大学の入学願書を私にくれたんです。そこに地理学科があったわけです。本当は地学をやりたかったけど、まぁ、「地」つながりだから受けてみるか、と思い、そこを受験しました。そうしたら志望校はすべて不合格で、友人からもらった願書で受けたその大学のみ合格だったのです。
不本意で入学した大学だったから、はじめはまじめに勉強しませんでした。しかし、あるとき田舎の父親に「この大学でも入りたくて落ちたやつがいるかもしれんのだから、少しは勉強しろ」といわれたんですね。それもそうだなと思い、勉強してみると、これがけっこう面白かった。たとえば、東京の地形は真っ平らだと思っていたけれど、よく見ると意外に高低差があります。それに気づいて意味を調べていくと、いろんな発見があった。冬に歩いていて、風が冷たかった。私は新潟出身なんですが、東京の風は新潟よりも冷たい時もある。「なぜだろう?」と理由を考えているうちに、自然と地理の学びにつながっていったんです。先輩と一緒に東京近郊の山を歩いたりすると新しい発見があって、これも楽しくなってきた。地図を見て色を塗っていく作業まで面白くなってくる。そうして気が付いたら、地理に夢中になっていました。
よく「夢を実現するために大学に」というじゃないですか。それも素敵なことですが、でも、大学に入ってから夢を見つける人がいてもいいと思う。私のように、いろんなことを学び、考え、やっているうちに、いつのまにか楽しくなってきて、それが人生の夢になるということもあるのですから。
編集部: 最後にお尋ねしますが、文学部の学びを通して、どのような人材を育成したいとお思いですか?
私としては、真面目で、仕事のきちんとできる人間を育成したいと思っています。具体的にいうと、大学で教わることをちゃんと身に付けて、50枚、100枚のレポートにまとめられる人ですね。目的が何であるかをきちんと把握して、その目的を達成するための方法を見いだし、調べ物ができ、そこから結論を得ることができる人。こうした一連の流れを文章にまとめられる力があれば、どこに行っても通用すると思います。
また、進路としては、教員の養成にも力を入れていきたいと思っています。実は20年ほど前に「地理」は高校の必修科目から外れ、地理の教員が激減しました。ところが、2020年度から高校の社会科で、ふたたび「地理」が復活することが決まりました。だから、地理の先生が圧倒的に不足しているんですね。今まで地理は暗記科目みたいに思われていましたが、本当は物事を深く考えて、現象の背後に何があるかを探っていく哲学的な学問なんです。「地理」という学問の面白さや楽しさを伝えられる先生をぜひとも育成していきたい。今後は多くの自治体で、地理の教員が必要になってくるでしょう。その社会的な要請にも応えていきたいと考えています。
長谷川 均(HASEGAWA Hitoshi)教授プロフィール
●博士(理学)/法政大学大学院博士課程単位取得退学
●専門/自然地理学、サンゴ礁地域の環境保全