経営学部の決意

編集部: 経営学という分野で、何を研究されているのですか?

 経営学は、いわゆる企業など、組織の行動について説明する学問ですが、組織を構成する重要な経営資源として「ヒト・モノ・カネ・情報」の4つが挙げられます。私はその中で、お金の部分を研究しています。お金の動きには2種類あって、1つは資金の調達です。株式会社であれば株式を発行したり、社債を発行したり、銀行からお金を借りてきたり、ということです。また、集めたお金を投資するという仕事もありますね。これが「経営財務」です。もう1つは、使ったお金の報告をすること。これは「会計」という分野です。私の専門は「経営財務」の方です。
 投資ということで、最近問題になっているのは、M&A、いわゆる企業買収と合併です。一昔前までは、合併が主流でしたが、今は会社をそのまま残して、持ち株会社の形で所有するケースが増えてきました。M&Aをする場合、買収される企業がどのくらいの価値を持つかが焦点になってきます。これを「企業価値評価」といいますが、いま、私は主にこの分野の研究をしています。

編集部: 企業価値は、どのようにして決まるのですか?

 これが結構難しいのです。なぜかというと、昔は企業価値といえば、建物、土地、現金といったもので評価していましたが、いまは違って、人材や研究開発能力やブランドといった、「無形固定資産」と呼ばれるものが企業価値を評価する上で重要になってきています。
 背景には、現代日本の「知識社会」への転換といったことがあります。知識社会では、中核となる産業は、モノを作る製造業から、アイディアやノウハウ、感性といった人間の能力を通じて付加価値を創造する産業へと移行していきます。例えば、iPadやiPodなどはそのいい例で、中を開けると、ハードの部分はほとんど汎用品で作られています。それでもビジネスは成功 して、アメリカの企業は莫大な利益を上げています。つまり、現代の知識社会で価値を生むのは、仕組みそのものであって、 まさにアイディア勝負です。デザインの良さやブランド価値なども含めて、こういった無形固定資産をどう評価するかが、重要に なってきているのです。

編集部: なかなか難しそうな内容ですが、学生にはどこまで教えていますか?

 「企業価値評価」となると、数式が必要なので、学部ではそこまで深くは教えていません。しかし、モノの価値の本質についてはきちんと教えています。実際、モノの価値は1つではありません。例えば、お店で1万円で売られているモノに1万円の価値があるかというと、そうではない。せっかく買っても使わなければ、価値はゼロです。でも、1万円で買ったものを使って百万円稼げれば、そのモノの価値ははるかに大きなものになります。価値は、価格と違って、そのモノが将来どれだけの利益をもたらすかということで決まってきます。こういう話をして、学部の学生に理解してもらっています。

編集部: 学生に教える上で、何か工夫していることはありますか?

 授業では、なるべく身近な話題を取りあげて説明するようにしています。例えば、経済や経営の専門的なことは知らなくても、リーマンショックや、サブプライムローン問題などは、聞いたことがあるわけです。こういった話をすると、学生は一所懸命 聞きますね。アメリカで起きた問題なのに、なぜヨーロッパがダメになるのか、とかね。
  また、私のゼミでは自分で選んだ実在する企業の株価予想といったこともやっています。予想といっても、ギャンブルのようなものではありません。自分の集めたデータから論理的に企業の価値を分析し、適正な株価を割り出していくのです。こう いったリアルな学びには、学生は非常に興味を持ちますね。うちのゼミは厳しくて、遅刻はダメ、三回休んだらクビだよといっ ているんですが、毎年希望者は多いようです。学生たちも真剣に学びたがっているのでしょう。
 いまは、良くも悪くもマネーの世界になっていて、その仕組みを知っているか知らないかで、人生は大きく違ってきます。アメリカでは、不動産ファイナンスやパーソナルファイナンスという領域があって、中~高校生の段階から、自分の生活設計をどうしていくかということを授業で取り上げます。自分自身がファイナンシャルプランナーとなって、自分の人生を設計していく必要があるのです。そういった最低限の知識については、学部の授業の中でも触れていきます。

編集部: 経営学部の学部長として、どんな教育方針をお持ちですか?

 経営学部として、学生に身につけさせたいのは、我々が「ビジネス基礎力」と呼んでいるもの、別な言い方をすれば「人間力」です。人間として、この社会でどう生きていくのか、自分なりの人生観や職業観を身につけさせたいと思っています。これがなければ、いくら学問を教えても、社会で役に立たない人間になってしまいます。そして、人間力を養うためには、2つ大切なことがあります。1つは、知識と経験です。経験は社会に出ないと積めないけれど、知識であればある程度、大学で教えることができます。そして、もう1つ大切なのは、直観力です。物事の良し悪しを、理屈ではなく直観で判断できる力、これを養う必要があります。自分なりの人生観や価値観を身につけ、それに基づいて判断をする「直観力」を、大学在学中に身につけるような教育を、国士舘大学経営学部の特長にしていきたいと考えています。

 編集部: 人間力は、どのように養っていこうとお考えですか?

 人生観や価値観といったことについて考えるとき、古典に触れることが大切ではないかと私は思います。そこで経営学部では、日本の資本主義の父と呼ばれる澁澤栄一先生の「論語と算盤」という本を取り上げ、学生に読んでもらおうと考えています。澁澤先生は、国士舘創立者の柴田次郎先生が学校を創るときに支援してくださった方のうちの一人です。「論語と算盤」の中で、澁澤先生は、教育は知識だけに偏ってはならず、知育と徳育の両方が必要だとおっしゃっています。「道徳経済合一」という澁澤先生の考えは、今の企業経営にとっても大切な視点ですし、また国士舘大学の建学の精神にも通じるところがあります。学生にはぜひとも「論語と算盤」を読んでもらい、精神面を含めた人間教育をやっていきたいと考えています。

編集部: 先生は、国士舘の経営研究所で、中小企業の研究もなさっていますね。

 まさに就職氷河期といわれるいま、学生の最大の関心事は就職です。就職が厳しい理由は2つあって、1つは学生に人間力が不足していること。これは、我々の学部教育で補っていこうと考えています。もう1つの原因は、大半の学生が、全体の1%にも満たない有名な大企業ばかりを志望することです。“寄らば大樹の陰”で、昔はよかったのですが、今は大企業でも明日どうなるかが分からない時代です。それよりも、日本には世界に誇る優良な中小企業がたくさんある。こういう優良な中小企業を、いま、経営研究所の方で調べているところです。私がざっと見ただけで、全国に三千社ほどありますね。やる気のある学生は、どんどんこういう中小の会社に入って、活躍してほしいと思っています。

編集部: 経営の学びを通して、どのような人間を育てたいとお思いですか?

 市場経済の本質を表す言葉に「ノーフリーランチの原則」というのがあります。タダでおいしい食事をすることはできない、おいしいモノを食べるにはそれなりのコストがかかるという意味です。換言すれば、資本主義社会の大原則は、ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンであるということです。人生で何かを得ようと思うなら、ある程度のリスクを取る覚悟が必要です。
 いま、世界中の国々・企業が市場経済のメカニズムの中でグローバルに激しく競争しています。そんな中、これからは、ますます個人の能力が優先される時代になるでしょう。個人の能力は「知力と運力」で決まるものであり、私はこれを「人間力」と呼びたいと思っています。なぜ運ではなく、「運力」というかというと、チャンスは自らの力でつかみ取るものだからです。私は学生によくこういいます。「チャンスは誰にでも来ているよ。チャンスがつかめない人は、チャンスが来たことに気づかないだけなんだ」とね。普段からリスクをきちんと管理し、何ごとにも果敢に挑戦していく姿勢、それこそが人生を切り開く力になります。建学の精神にもとづく経営学部の学びを通して、強く生きぬく人間力を、学生に身につけさせてあげたいと考えています。

白銀 良三(SHIROGANE Ryozo)教授プロフィール

●青山学院大学大学院経営学研究科
●専門/経営財務論、ファイナンス論

掲載情報は、
2011年作成時のものです。