
国士舘大学理工学部の健康医工学系(現人間情報学系)で学んだ山縣さんは、福島県いわき市の出身です。11歳のときに東日本大震災に遭い、そのときの経験から、ゼミでは警告音が人の脳に与える影響について研究しました。恩師の大浦邦彦教授のもとでしっかり学び、卒業後は医療機器メーカーに入って品質保証の仕事に携わっています。コロナ禍でゼミの授業がオンラインになる中、一所懸命に学んだ山縣さんの4年間を、大浦先生とともに振り返ります。
- 編集部
- 大浦先生にお尋ねします。学部長としてのお立場から、国士舘大学の理工学部の特徴について教えていただけますか?
- 大浦
- 国士舘大学の理工学部は1学科6学系で、実践的に学べる体制を整えています。学系間の垣根を低くしており、興味に応じて他学系の科目を履修して、夢の実現に向けて幅広く学ぶこともできます。少人数制の教育も特徴で、授業以外にアカデミックアドバイザー制度を設けています。学生個人の教育を大切にして、講義内容から学生生活、進路のことまで、気軽に相談できるようになっています。
- 編集部
- 一人ひとりの学生の学びをしっかりサポートするということですね。
- 大浦
- はい、そうです。令和8年度からは情報理工学系が加わり、全部で7学系になります。より幅広い分野の教育を、少人数制で丁寧に行っていきます。
- 編集部
- 大浦先生は、どんな専門分野の研究をなさっているのですか?
- 大浦
- 私は学生時代、「確率システム理論」で多くの業績を残した秋月影雄先生の研究室で10年間学びました。偉大な師匠の影響は大きく、いまも「システム制御」を専門としています。
理工学部の学びについて
- 編集部
- もう少し具体的にいうと?
- 大浦
- 「システム」とは「しくみ」ですから、物事の仕組みについて、工学的なアプローチをするのが仕事です。具体的には、システム同定・モデリング・信号処理や画像処理といった、データを分析して仕組みを明らかにする研究をしてきました。といっても難しいので、山縣さんの卒業研究の例で説明しましょう。山縣さんはどんな研究で卒業論文を書きましたか。
- 山縣
- 私は人が警告音を聞いたときの脳の認知機能について調べました。それが卒業研究のテーマです。
- 編集部
- どんな警告音ですか?
- 山縣
- 緊急地震速報のときに鳴る“ジャララン、ジャララン”みたいな音ですね。この音を被験者に聞かせながら足し算などの簡単なテストをやってもらい、そのときの脳波とテストの正解率を調べました。被験者を2つに分けて、一方の被験者には事前知識を与えずに警告音を聞いてもらいました。もう一方の被験者には、事前に「警告音は人間にとって悪いものではない」という文章を読んでもらい、予備知識を与えた上で警告音を聞いてもらいました。その結果、両者でどんな違いが出るのかを調べてみました。
- 編集部
- 興味深い実験ですね。どんな結果が出ましたか?
- 山縣
- 事前情報を与えた被験者の方が、与えない被験者より、問題の正解率が高くなることが分かりました。同じく脳波も、事前情報を与えた群の方が、よりリラックスした波形が現れました。
- 編集部
- なるほど。事前に情報を聞いていた人は、パニックの度合いが下がったということですね。
- 山縣
- そうなると思います。
- 大浦
- これもモデリングの一例ですね。被験者に警告音を聞かせて、その時の反応として脳波を測定、問題の正解率も調べて、それが脳のメカニズム上どのようなモデルで表されるか考えます。脳の情報処理に関わる研究ですね。
- 編集部
- なるほど、分かりました。ところで先生は電気学会でフェローを授かったという話をうかがいました。フェローとはどのようなものですか?
- 大浦
- フェロー称号は、電気電子・情報通信の分野で貢献のあった会員に授与されます。私は「システム制御分野における学術振興および教育・人材育成」で受領しました。国士舘に奉職してからずっと、様々な電気学会委員を務めてきたことや、学生と些細な研究成果を発表し続けてきたことが評価されたのでしょう。私個人というより、国士舘大学が授与されたようなものです。なお2025年6月からは、電気学会の理事に就任します。
- 編集部
- 理工学部の学部長のお仕事もあるので、大変ですね。
- 大浦
- 大変ですがとても名誉なことであり、電気学会での貢献が国士舘のためにもなると信じてがんばります。
尊敬する先輩との出会い
- 編集部
- 山縣さんは、そもそもなぜ、国士舘大学の理工学部に入ろうと思ったのですか?
- 山縣
- 私は中学のときから卓球をやっていて、将来は卓球の道具を作る仕事をしたいと思っていました。そこで必要となるのは工学系の知識ですが、私は高校のときに生物学を専攻していたので、生物の知識を活かせる理工系の大学を探していました。そうして行きついたのが国士舘大学でした。それでオープンキャンパスに行ってみたら、三上さんという先輩がいらして、その人からいろいろ話をお聞きして、雰囲気もすごくよかったので、国士舘大学の理工学部に決めました。
- 大浦
- え、そうですか。三上さんとオープンキャンパスで。それは知らなかった。
- 編集部
- 三上さんも先生のゼミ生ですか。
- 大浦
- はい。三上可菜子先生も大浦ゼミOGです。成績優秀奨学生として国士舘大学に入学し、修士・博士を修了しました。2007年に理工学部ができてから、ずっと国士舘で学んで博士学位を取得したのは、まだ1人だけです。いまは大学院の特任助教をしています。
- 編集部
- その先輩との出会いが、国士舘大学に入るきっかけになったわけですね。
- 山縣
- はい。オープンキャンパスには母と一緒に行ったのですが、三上さんと1時間ぐらい話し込んじゃいました(笑)。
- 大浦
- 山縣さんの入学が2018年なので、そのとき三上さんは博士課程にいましたね。この事実はいま初めて知りました。
- 編集部
- 山縣さんは、大浦先生のゼミでどんなことを学びましたか?
- 山縣
- ゼミですか? すみません。私たちはコロナ世代なので、ゼミはちゃんとやれなかったんです。
- 大浦
- そうなんです。山縣さんたちは3年生のときにコロナ禍になってしまいました。2020年、東京オリンピックが延期になった年ですね。
- 編集部
- ああ、緊急事態宣言が出た年ですね。
- 大浦
- そうです。2020年の4月は全部授業がなくなって、5月の中旬ぐらいからオンラインで授業が再開されました。
- 山縣
- ゼミの授業も毎週オンラインでしたね。
- 大浦
- 1年間ずっとオンラインでやって、4年生でようやく対面授業が復活しても、マスク必須でフェイスシールドをした時もありました。例年のような楽しいイベントもなく、ちょっとかわいそうでした。
- 編集部
- オンラインではどんな授業をやっていたのですか?
- 山縣
- 三上先輩が書いた英語の論文を翻訳して、みんなで読みました。
- 大浦
- 3年生のゼミでは、英語論文の講読を毎年やっています。海外で学会発表をするときに2~4ページぐらいの予稿を出すのですが、それを日本語に翻訳しながら内容を学びます。ただ、オンラインでやるのはかなり難しかったですね。大変でした。
東日本大震災の経験
- 編集部
- 卒業研究のテーマは3年生のうちに決めるのですか?
- 大浦
- テーマは3年生の終わりぐらいまでに決めて、4年生の1年間をかけて研究して、論文にまとめていきます。テーマは学生自身に考えてもらうのですが、ところで、山縣さんはなぜ警告音を卒業研究のテーマに選んだの?
- 山縣
- それは私が東日本大震災で実際に経験したからです。
- 大浦
- そうか。山縣さんは福島県のいわき市出身でしたね。2011年の地震のときには何年生だったの?
- 山縣
- 3.11のときは小学校5年生でした。春休みに入る前です。
- 大浦
- 浜通りは津波もあって大変だったでしょう。私は、祖父の実家が原発のある双葉町にあり、親戚の多くがひどい被害に遭いました。他人事とは思えません。あなたは学校で被災したの?
- 山縣
- 私は自宅に母と姉の3人でいました。家にいて、初めてあの警告音を聞いたんです。
- 編集部
- パニックになりませんでしたか?
- 山縣
- 当時、小学生ということもあり、とてもパニックになりました。兄と父は仕事にいっており、なかなか電話がつながらず、安否もわからなかったため、ものすごく不安でした。
- 大浦
- そうか、それで警告音の研究なんですね。山縣さんの卒業論文は、学内の発表会で1位になったんですよ。
- 編集部
- それはどのような発表会なのでしょうか?
- 大浦
- 学系の卒業研究発表会です。2年生以上の全学生が大教室に集合して、各研究室の代表1名が教員・学生150名くらいの前で発表します。大浦ゼミからは山縣さんに出てもらいました。もっとも良かった発表を全員の投票で決めた結果、山縣さんの発表が1位になりました。半数ぐらいの票を獲得した記憶があります。
- 編集部
- 圧勝じゃないですか。
- 大浦
- 彼女は大人しい性格なので、大人数の前で発表するのは大変だろうなと思っていましたが、堂々と発表できました。とってもよかったです。
- 編集部
- 在学時の山縣さんは、どんな学生さんでしたか。
- 大浦
- 1、2年生のときは、正直おとなしくて、そんなに目立たない学生でしたね。でも、ちゃんと真面目に勉強しているなという印象はありました。実力のある学生さんという感じですね。山縣さんって、普段から無駄話はあまりしないよね。
- 山縣
- はい、しないですね。
- 編集部
- 逆に、山縣さんの目から見て、大浦先生はどんな先生でしたか?
- 山縣
- 先輩の卒業論文を拝見していると、完成度がものすごく高いので、丁寧に指導してくださる先生なのかなと思っていました。大浦先生の授業はけっこう難易度が高いんですよ。
- 大浦
- あれ、そうだったかな(笑)
- 山縣
- はい。でも、難しいけれど学んでいて楽しいっていうか。やったらやった分だけのフィードバックが返ってくるので、それで学びのモチベーションが上がりました。
- 大浦
- そういってもらえると、嬉しいですね。山縣さんが大浦ゼミに所属したいきさつを思い出しました。
- 編集部
- どのような話ですか?
- 大浦
- ゼミ配属にあたって学生から「志望書」を提出してもらうのですが、山縣さんの時は「学生の希望」が伏せられ、研究テーマ等の志望動機をみて教員が1人ずつ指名する形で決めました。誰を選ぶべきか私が悩んでいたところ、先ほど名前の出た三上さんが「絶対に山縣さんがいいです」と推してくれたのです。それで確実に採ろうと、私は山縣さんを「1位指名」しました。(笑)
- 編集部
- 山縣さんは、卒業後に医療機器メーカーに就職されました。なぜその道を選んだのですか?
- 山縣
- 私が卒業した年は、世間はまだコロナ禍にあったので、コロナ禍でも生き残ることができる会社を選ぼうと考えました。それが一つ。もう一つは、大学の授業で第2種ME機器に関する授業を受けたことがあり、そこで医療機器に興味を持ちました。それでいろいろ調べてテルモという会社を見つけ、無事に入ることができました。
- 大浦
- それは第2種ME検定の授業だよね。健康医工学系にはペースメーカーなどを使った、医用工学(Medical Engineering)に関する授業がありました。
- 編集部
- 会社ではどんな仕事をなさっているのですか?
- 山縣
- 私は品質保証部という部署に所属しており、製品出荷に係わる最終製品検査を行っています。製品検査では、評価のために製品を破壊し、強度や破壊形状などのデータから品質が保たれているかを判断します。
- 編集部
- 仕事をやっていて、どんなところにやり甲斐を感じますか?
- 山縣
- 私の部署は、最終製品検査を行っているため、「最後の砦」と言われています。患者さんの体に直結する仕事なため、そこがやりがいや誇りを感じています。
- 編集部
- 仕事をやっていて、難しいなと感じることはありますか?
- 山縣
- 物事に対して、判断をくだす際に難しさを感じます。悩んだ際は、先輩や上司に相談しよく話し合った上で判断するようにしています。話し合いの際は、自分の考えも伝えるようにしています。
- 編集部
- 理工学部で学んだことで、いまの仕事に役立っていることはありますか?
理系女子の強み
- 山縣
- 仕事で、試験データを扱っているため、大学時代に学んだ統計の知識が直接役に立っています。
- 大浦
- そういってもらえると嬉しいなぁ。
- 編集部
- 大学で学んだことがそのまま役立っているって、素晴らしいですね。
- 大浦
- 山縣さんは本当にしっかりしているんですよ。就職も自分から積極的に大学のキャリア形成支援センターに行って、活動をしていました。キャリア形成支援センターは、学生の就職活動全般をサポートする部署です。そこに山縣さんはまめに通っていたんだよね。
- 山縣
- はい。当時はオンラインだったんですけど、志望動機の添削などをやってもらいました。
- 大浦
- 実は山縣さんの就職が決定したことを、私は本人でなく職員から聞きました。「山縣さん、テルモに決まってよかったですね」って。ああ、そうなんだ、よかったなって思ったことを覚えています(笑)。いちばん正しい大学の使い方をされた学生さんじゃないかな。
- 山縣
- ありがとうございます。
- 大浦
- 一見おとなしいので消極的なのかと思うと、実はしっかりした自分の考えに基づいて行動する人なんですね。コロナ禍でもきちっと自分から動いていって、素晴らしいなと思っていました。優秀だったので、本当は大学院に来てほしかったんですよ。就職が決まったと聞いたときは、喜ぶ一方で、複雑な思いもありました(笑)。
- 編集部
- 国士舘大学の理工学部は、女性の割合はどのくらいですか?
- 大浦
- 学系によってまちまちですが、建築学系や基礎理学系は女性の割合が比較的高いです。逆に機械工学系などは低いですね。山縣さんのときは健康医工学系だったけど、男女の比率はどのくらいでしたか?
- 山縣
- 私のときは、40名いる学系中で、6名が女子でした。
- 大浦
- 数字でいうと、理工学部全体で女子学生の比率は20%(R7)ぐらいです。でも、女子は元気がいいので、人数が少なくても半分ぐらいいるように感じますけど(笑)。
- 編集部
- 最後に、これから進学を希望する高校生に向かって、山縣さんからメッセージをお願いします。
- 山縣
- 私の経験からいって、理系か文系かで迷ったら、絶対に理系の学部に入った方がいいと思います。就職を考えると、理系の方が有利になるからです。理系の学部から文系の会社に行くことはできますが、その逆は難しいんですね。つまり、理系の方が将来の出口が広いという利点があります。理系女子は希少価値も高いので、ぜひ国士舘大学の理工学部に来てください。
- 編集部
- 山縣さん、大浦先生、今日は興味深い話をお聞かせくださいまして、ありがとうございました。
大浦 邦彦(OURA Kunihiko)
国士舘大学 理工学部 理工学科教授 理工学部長
●博士(工学)/早稲田大学大学院 理工学研究科 電気工学
山縣 みさと(YAMAGATA Misato)
2021年度 理工学部卒業
テルモ株式会社勤務
掲載情報は、2025年5月のものです。