体育学部の精進

編集部: 国士舘大学体育学部の武道学科は、何を学ぶところですか?

 国士舘大学の体育学部は大きく4つの学科に分かれています。体育の教員やアスリート、トレーナーなどを目指す「体育学科」と、主に救急救命士を目指す「スポーツ医科学科」、小学校教員や中学校・高校保健体育の教員免許を同時に取得できる「こどもスポーツ教育学科」、そして、「武道学科」です。
 「武道学科」は読んで字のごとく、武道を学ぶための学科です。「柔道」「剣道」「空手道」の3つのコースに分かれていて、各競技種目の強化や技術の向上を目的として、全国から学生が集まってきています。将来の進路としては、中学校・高校の保健体育の教員や、警察官、刑務官、消防士、あるいは地方公務員(行政職)などを目指す人が多いように思います。また、特色としては、国際スポーツ競技が社会的に注目される中、国際武道への貢献を目的として、「海外武道実習(アメリカ、フランス、ハンガリー)」をカリキュラムに取り入れています。武道を通じた国際交流を学ぶこともできます。

編集部: 先生は武道学科で、どのような授業を担当なさっているのですか?

 私は柔道の専門家なので、ここでは「体育方法学・実習(柔道)」と、「柔道専門実習」という科目を教えています。「体育方法学・実習」は、武道の精神や礼節を修めることを目的とした必修科目で、体育学部のすべての学生が「柔道」か「剣道」のどちらかを選択することになります。また、この科目は保健体育の教員免許取得にも必要になるので、将来体育の先生を目指す上でも役に立ちます。単位を取得した後でも、「背負い投げの教え方を教えてください」とか、「怪我を減らすにはどう指導したらいいですか」と訊きにくる熱心な学生もいます。一方、「柔道専門実習」の方は、柔道部に所属している学生が取る科目で、競技としての柔道の強化、レベルアップが目的です。この他にも、3年生と4年生のゼミで卒業研究の指導も行っています。

編集部: ゼミではどのようなことを学ぶのでしょうか?

 ゼミの目的は卒業論文を仕上げることで、私はそのための指導やアドバイスを行っています。といっても、柔道の練習で毎日会っている学生たちなので、あえて教室を設けて授業をやるといった形ではありません。練習が終わった後などに、私の研究室に来てもらって、論文の進捗状況を報告してもらったり、資料の探し方やデータの取り方、使い方などを教えたりしています。
 卒論は基本的に学生2人の共著という形で書いてもらっていますが、テーマは自分たちで自由に決めることができます。たとえば、去年は「競技力向上のための筋力トレーニング方法と栄養管理」という論文を書いた学生たちがいました。みんな柔道をやっているので、だいたいは競技に関してのテーマが多いですね。
 ゼロからやっていくのはなかなか難しいので、他の人の書いた論文を見て学びなさいと指導しています。大学の図書館に行けば、さまざまな論文がありますから、まずはそれを見て、何をテーマに書いていきたいか、イメージを膨らませていくことから始めていきます。3年次に誰と組んでどんな研究内容にしていくかを決め、4年次に入ってから論文作成に取りかかります。

編集部: 先生ご自身も、大学院に通ってらっしゃいました。
どんなことをご研究されていたのですか?

 はい、私も他大学の社会人修士のコースで、スポーツビジネスやスポーツマネジメントを学び、研究していました。スポーツとしての柔道の強化に関することですね。何をテーマにしたかというと、ロシアチームの強さです。ご存じのように、オリンピックは4年に1度ですが、ロシアの柔道は毎回オリンピックに的を絞ってきっちり仕上げてきます。ちゃんと強い選手が育ってくる。その秘密を知りたくて研究を始めました。
 まずは、かつてロシアチームの監督だったイタリア人の方にインタビューをしました。そして、どういう強化をしているのか、どういう資金源があるのかをお聞きしました。さらに、全日本柔道連盟に協力していただき、世界各国の柔道連盟にアンケートを送付し、回答してもらいました。その結果をもとに、ロシアとそれ以外の国の比較という形で研究をしました。
 そこから見えてきたことがあります。組織の作り方自体は、各国でさほど違いはありませんでした。ただ、ロシアが違うのは、オールシーズンのトレーニングキャンプがあることです。強化選手をソチにあるナショナルトレーニングセンターに集めて、300日間ぐらいの合宿を行うのです。日本では選手がそれぞれ所属しているチームで稽古をしていて、自分であれば国士舘大学が所属で、普段はそこで稽古をして、合宿の期間だけ集まって練習するという体制になっています。ロシアはその強化合宿の期間が、日本とは比べものにならないくらい長いわけです。そして、それを支えているのが豊富な資金源です。ロシア柔道連盟の関係者には、成功した財界人などが多く、そういう人たちが金銭面で支援しているのです。国家を挙げて柔道に取り組んでいるロシアの強みが、あらためて分かってきました。

編集部: 国士舘大学の柔道部では、どのような指導方針で学生を育成していますか?

 練習の内容そのものは、他大学と大差はないと思います。ただ、柔道界から見たら「国士舘は厳しいよ」ということはよく言われます。そして、我々もあえてそれは否定しません(笑)。私も大学では(故)斉藤仁先生より直接教えを受けましたが、相当厳しかったですね。
 ことに柔道に関しては本当に厳しかったです。指導がとても細かいんです。斉藤先生の思い描いている柔道像があって、その動きができないと、何十回でも何百回でも同じことを繰り返します。できるまで繰り返します。そして、ようやく「できた!」と思ったら、また別のことをゼロから指導されます。当時、自分たちはそれを“はまる”という言葉で表現していました。一度はまったら、もう3時間、4時間放してくれません。夜中の2時、3時まで練習したこともありました。恐いというよりは、キツくてもうイヤという感じだったですね。一切妥協というものが許されませんでした。
 ただし、厳しくしていても、学生はちゃんと耐えられるんです。人間、理不尽なことには耐えられませんが、理にかなっていれば耐えられる。自分たちは一人ひとりの学生をよく見て、理解したうえで指導しているので、無茶なことは言いません。ギリギリのところで指導しているので、学生はたぶん何も言えないんだと思います。真逆のことを言われたら、そういう人には付いていけないじゃないですか。でも、的を射られてしまうと反論できない。やるしかないですよね。自分はそのように指導しています。高校に行って柔道部の監督や生徒に話すときは、ちゃんと正直に言っています。「国士舘大学は厳しいよ」と。それでもよければ、ぜひうちに来て、強くなりましょうと。

編集部: 先生ご自身、学生を指導するときに心がけていることはありますか?

 そうですね、自分のレベルで物を話さないということでしょうか。自分はオリンピックに出て、他にもいろいろ経験してきていますが、目の前にいる学生は自分とは違う人間です。自分の経験や結果が必ずしも相手に当てはまるとは限りません。だから、まず教える相手をよく見て、理解することが大切だと思っています。「俺がこれをやってきたから、おまえもこれをやれ」というのは違うし、そういうことを強要するつもりはありません。
 自分はよく学生に「らしさを出せ」と言っています。柔道スタイルは、100人いたら100人違うので。もちろん、修正すべき点があれば修正しますし、こうした方がいいんじゃないかというアドバイスもします。でも、大切なのは自分自身なのです。だから、「らしさを出せ」と何度も言っています。

編集部: 茨城県の県西地区で、子どもたちの指導をなさっていますね。

 はい、毎年恒例になっていますが、生まれ故郷の茨城県で、地元の子どもたちに向けての柔道強化鍛錬会で指導をしています。私は生まれが茨城県の県西にあたる石下町(現常総市)で、町の道場で3歳の頃から柔道を習い始めました。兄が習っていたので、その影響があったのだと思います。茨城県の県西地区は柔道が盛んで、オリンピックのメダリストを何人も輩出しています。この強化鍛錬会は2015年から続いているもので、今年で5回目になります。
 国士舘大学の中にも、地元に戻って指導をしている卒業生は結構います。ただ、柔道を教えることで食べていくのは、なかなか難しいと聞いています。「道場を持つ」というんですが、そこまでできる人はなかなかいません。多くの場合は、学校の教員や一般の会社に勤めながら教えているようです。

編集部: 「再起力」という本を書かれていますね。
これはどのようなお気持ちで書かれたのですか?

 「再起力」という本は、20代後半の頃に書かせていただきました。アテネオリンピックで金メダルを取った後、4年後の北京オリンピックで負けて、もう一度戦いに挑戦していく過程で書いた本です。モチベーションも大切ですが、それだけでは続かないので、再起に向かっていったときのやり方、方法論を自分なりに書いてみました。
 正直いって、20代前半は、「俺は無敵じゃないか」と思うぐらい自信にあふれていました。でも、20代後半になると、年齢的なものもあるし、怪我もあって、そろそろ引退かなぁと思うようにもなりました。そういう時期に、「自分を奮い立たせられるもの」は何だろうと改めて考えてみたのです。
 自分はけっこう悪あがきするタイプで、「俺はもっとできるはずだ」「そのためには何が足りない?」と思う方なんですね。失敗して、原点に帰って、そこで新たな発見をして、また失敗する。その同じことの繰り返しなんですよ。いっぺんに状況が改善することはなく、繰り返しながら少しずつ前進していく。
 例えば、選手が明日になったら急に強くなっていた、ということは絶対にないんです。でも、コツコツと前進を続ける者は、あるとき「あ、こいつ強くなったな」と実感できる瞬間が来る。国士舘の中だけで見ていると分かりにくいのですが、外の選手と試合をすると、それがよく分かるんですね。「東京学生柔道優勝大会」という大会があって、今年はおかげさまで男女とも優勝することができました。東京都の大学が出る団体戦で、日本の学生のトップレベルの大会です。自分のスキルアップや成長を確認する上でも、このように他校の選手と試合をすることは大切だと思っています。

編集部: 最後になりますが、武道学科の学びを通して、
どのような力を学生に身に付けさせたいとお考えですか?

 よく、「社会に出たら厳しいぞ」と言うじゃないですか。でも、自分は逆で、社会に出てから「あ、社会って意外と楽だな」「柔道部にいたときの方がキツかったな」と思えるぐらいでちょうどいいと思っているんです。4年間、妥協せずに学生を預かっていますし、学生が「早く社会人になりたい」って思うぐらいでいいんじゃないかと。
 なぜそう考えるかというと、そうはいっても学生はやはり守られているのだと思うんですよ。たとえば「柔道部を辞めたい」と学生が言い出したら、まず間違いなく私たちは引き留めると思います。途中で諦めるな。4年間はしっかりやって卒業した方がいいぞって。でも、社会は違う。「辞めます」と言ったら、「あ、そう、お疲れさん」だと思うんですよ。社会で要らないと言われたら、本当に要らないわけで、そこに救済の余地はない。だからこそ、学生の時分に厳しさを味わっていた方がいいんだと思います。学校にいるときに、諦めず、忍耐強く、いろんなことに耐えながらコツコツやっていく力を身に付けておく。「なーんだ、社会人って思っていたより楽だな」と思える状況を作っておく。我慢強さだったり、状況を打開する力だったり、ものを考える力、発言する力、つまり生きる力ですね。そういうものを学生時代に身に付けて、社会に出てからしっかりと“生き抜いて”いってもらいたいと思っています。

鈴木 桂治(SUZUKI Keiji)准教授プロフィール

●修士(体育科学)/国士舘大学スポーツシステム研究科 教育学専攻 修士課程修了
●修士(スポーツ科学)/早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科 修士課程修了
●専門/武道学