体育学部の成長

編集部: 国士舘大学体育学部にあって、
「こどもスポーツ教育学科」が果している役割は何でしょう。

 「こどもスポーツ教育学科」の役割は、主に体育が得意な小学校の先生を養成することです。なぜ体育学部に「こどもスポーツ教育学科」を置いたかというと、その背景には、子どもの体力低下という社会的な問題がありました。子どもの運動不足を解消するために、小学校の頃から活発に体を動かし、運動能力やコミュニケーション能力を養うことの大切さがいわれるようになってきたのです。そういった社会的なニーズに応える形で創設されたのが、国士舘大学体育学部の「こどもスポーツ教育学科」です。
 この学科の一つの特色は、小学校の教員免許に加えて、中学校・高等学校の保健体育の教員免許も同時に取得できることです。これも学生にとっては大きなメリットでしょう。子どもと一緒になって体を動かし、汗を流して遊べる先生。スポーツすることの楽しさを積極的に伝えることのできる先生。そういう社会で求められている元気あふれる先生を、「子どもスポーツ教育学科」ではどんどん養成して送り出していきたいと考えています。

編集部: この学科をめざす学生は、スポーツをやってきた人が多いのですか?

 そうですね、やはり体育が好きで、スポーツを一所懸命やってきた人が多いですね。大学に入ってからそのスポーツを続けるかどうかは本人次第ですけれど。今までと違うスポーツを始める人もいれば、ボランティア活動に打ち込む人もいます。
 今年はブラジルのリオでオリンピックが開かれましたが、「こどもスポーツ教育学科」2年生の小俣夏乃さんが、シンクロナイズドスイミングで日本代表になりました。身近な人がオリンピックに行くというのは、やはりインパクトがありますね。みんな応援ムードで盛りあがっていました。
 もちろん小学校の教員をめざすのですから、学生はスポーツだけをやっているわけではありません。国語、算数、社会、理科、道徳など、すべての教科をひととおり学びます。そして、これも国士舘大学の特色ですが、こどもスポーツ教育学科の全学生が、武道の授業を受け、初段取得もめざせることになっています。武道の精神を通じて、自分を律する心や、相手への思いやり、礼儀などを学ぶのです。初段が取れれば履歴書にも書けるし、将来必ず自分の役に立つと思います。

編集部: 先生は大学で、どのような研究をなさっているのですか?

 私の専門は「オリンピックムーブメント」の歴史の研究です。オリンピックというのは単なるメダル争いの競技大会ではなく、ムーブメントなんですね。スポーツを通して一人ひとりの人間を育てていく。それが社会を育てていき、平和な世界の実現につながっていく、という考えに基づいた運動なのです。この思想のことを「オリンピズム」といいます。
 オリンピズムを唱えたのは、フランス人のピエール・ド・クーベルタンです。クーベルタンは、ギリシャで開かれていた古代オリンピックを現代に甦らせ、今日のオリンピックを創始した人として知られています。
 オリンピックのモットーに「より速く、より高く、より強く」という言葉があります。一般的には最高をめざすアスリートのための言葉のように思われがちですが、この言葉の本来の意味は、「今までの自分よりも向上する」ということなんです。
 オリンピックの真の価値は、スポーツを通して自分自身を磨いていくこと。自分を律して、今までの自分より高いものをめざして頑張っていく。また、チームワークを通して友を大切にする心や、思いやりの気持ちを養っていく。つまり、人が生きていくうえで大切なことを、スポーツを通して学んでいくわけですね。オリンピックの歴史をひも解くと、そういうことが見えてきます。
 もうひとつ、私が関わっているのは、「オリンピック教育」という分野です。「オリンピック精神」を、どのようにして子どもたちに教えていくか、また、海外でどういう「オリンピック教育」がなされているかなどを調べ、紹介しています。
 1964年の東京オリンピックのとき、日本全国で「オリンピック教育」が行われました。組織的に「オリンピック教育」が行われたのは、世界で初めてのことです。そして今、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、教育の取り組みが始まっています。オリンピックの価値といわれるもの、「卓越」「友情」「尊重」といったことを子どもに伝えるための教育です。

編集部: 先生はなぜ、オリンピックやその歴史を研究しようと考えたのですか?

 私はもともと教育学部の体育科で教員になることをめざしていました。でも、当時はスポーツを通して人間がどう成長できるのか、少し疑問に思っていました。学習指導要領には、「体育が社会性を育む」とか「人間形成にとって大事」などと書いてありますが、自分が受けてきた体育の授業を振り返ると、それがまったく実感できませんでした。ただ単に跳び箱が跳べるようになる、何メートル泳げるようになる、といった技の習得に終始していたように思います。その疑問を指導教員に投げかけたら、「それならオリンピズムを学ぶべきだよ」と言われました。そして、ギリシャのオリンピアで毎年開かれる「国際オリンピック・アカデミー」に参加するチャンスをいただいたのです。
 「国際オリンピック・アカデミー」に参加して、私はカルチャーショックを受けました。そこには世界中からオリンピックを学びに来た人が集うのですが、初対面なのにみんなとても親しげで、フレンドリーなんです。「なに? この雰囲気は? これがオリンピック精神なの?」と感じ、真剣にオリンピックを学んでみようと思ったわけです。
 当時、私は陸上競技をやっていました。400mの選手でしたが、オリンピックなんてとんでもないというレベルだったので、それほどオリンピックには興味をもっていませんでした。でも、「国際オリンピック・アカデミー」に参加して、オリンピックが単なる競技大会ではないことを知りました。もっとすごいものがオリンピックにはある。そこから私のオリンピック研究が始まりました。

編集部: 昨年はドイツに行かれてそうですね。あちらでは何を研究なさったのですか?

 国士舘大学の学外派遣研究員という形で、1年間ドイツのコブレンツ・ランダオ大学に行かせていただきました。あちらでは主にオリンピック教育と、オリンピックと政治に関する歴史について研究してきました。ご存知のように戦前から戦後にかけて、日本は国際社会から排除され、日本の競技連盟は国際連盟から除外されました。そこから徐々に国際組織に復帰していって、1952年のヘルシンキオリンピックに参加するのですが、それまでの日本の復帰に向かうプロセスなどについて研究していました。また、日本とドイツの関係がそれにどう影響したかということなどを調べました。

編集部: 元オリンピック選手を対象に講義をされているそうですが、どのようなことを話すのですか?

 JOC(日本オリンピック委員会)のプログラムに、中学校2年生を対象に、元オリンピック選手(オリンピアン)を学校に招いて行う「オリンピック教室」という授業があります。その先生になっていただくオリンピアンを養成するための講座でお話しさせていただいています。
 「オリンピック教室」では、1時間目にオリンピアンが子どもと一緒になって体育の授業をします。そして、2時間目に「卓越」「友情」「尊重」といったオリンピックの価値について教えます。アスリートも人間ですから、辛いことや大変なことがいっぱいあるわけで、それをどうやって乗り越えてきたかを、ご自身の体験を通して子どもたちに語ってもらうのです。オリンピアンが話すと、子どもたちの目の色が変わりますね。みんな食い入るように熱心に聞いています。
 オリンピックで大事なことは何か。スポーツが自分の生き様にどのように影響してきたか。まずはオリンピアン自身がオリンピックの価値を理解しないと、子どもに伝えることはできません。自分の体験を通して、体育やスポーツのすばらしさを語ってもらう、そのために必要なことなどをお話しさせていただいています。
 それから、東京都の教育委員会が主催する「平成28年度オリンピック・パラリンピック教育推進のための教育研修会」というものがあります。こちらは学校の教員が対象になりますが、ここでも「オリンピック教育」とは何かといったことについて講演しています。

編集部: 「こどもスポーツ教育学科」では、どのような授業を担当されているのですか?

 ひとつは「体育原理」という必修の授業です。体育とは何か、スポーツとは何かという根本的なことを教えています。国士舘大学の学生は競技スポーツをやってきた人が多いので、技能の習得や勝負にこだわりがちです。でも、今はダンスや登山、ウォーキングなど、スポーツの裾野が広がっています。もともと「スポーツ」には「離れる」という意味があり、西洋では気晴らしや楽しみという側面が強いんですね。それと、スポーツによる事故や、騒音問題など、スポーツは社会と無縁ではありません。スポーツがどのように社会と共存していけばいいか。人間のためにスポーツがあるのであって、スポーツのために人間がいるのではない。そんなことをこの授業では話しています。
 もうひとつは、「保健体育科教育論Ⅱ」です。今は生涯スポーツの時代です。スポーツと関わって人生を豊かにするためには、どうすればいいか。どのようにすれば効果的に運動を習得できるか。安全面ではどこに気をつけなくてはならないか。そしてまた、オリンピックを含めて、スポーツが持つ文化的な価値などについて教えています。
 それともうひとつ、「こどもスポーツ(ニュースポーツ)」という科目があって、この中で「ローンボウルズ」というスポーツの実技を担当しています。芝の上でやるカーリングみたいな競技ですね。日本ではあまり知られていませんが、イギリス圏を中心に盛んに行われているスポーツで、海外にはプロの選手もいます。
 実をいうと私は「日本女子ローンボウルズ連盟」というのを友人と作り、国際組織に加盟して世界選手権に出たことがあります。素人の寄せ集めですから、他国チームに比べたら話にならないレベルですが、「日本から初参加」ということで、暖かく迎えてくださいました。今思うと冷や汗ものですが、当時、ユニフォームは原則として「白」ということを知りませんでした。それで私たちはオリジナルのブルーのユニフォームを作って参加してしまったのです。そうしたら、地元の新聞に「日本チームが新風を吹き込む」という記事が載ってびっくりしました。でも、面白いことに、その後少しずつ国際大会でカラフルなユニフォームを着るチームが増えてきました。私たちは本当に新風を吹き込んだのかもしれませんね(笑)。「ローンボウルズ」は子どもからお年寄りまで、誰でもできる楽しいスポーツ。日本でも広まっていくといいなと思っています。

編集部: 最後になりますが、大学での学びを通して、どのような人材を育成したいとお考えですか?

 まず学生に期待するのは、スポーツの実践と学びを通していろんなことを経験し、自分を成長させてほしいということです。他の人々や社会とのつながりを大切にし、視野の広い指導者として育ってほしいと思います。
 子どもは個性豊かで、無限の可能性を秘めています。そういう子どもの可能性を引き出し、伸ばしていくためには、指導者が多くの視点(物差し)を持ち、包容力のある心を持つことが大切です。
 視野を広げるためには、社会や時代が常に変化しているという認識に立って、学び続ける姿勢を持つことが大切です。日本だけではなく、世界にも目を向け、興味を持ったことには臆せずにチャレンジしてほしい。自ら挑戦し、失敗し、試行錯誤をすることで、大切なことが身についていくはずです。そのうえで、一人ひとりの子どもに寄り添いながら、子どもと一緒に体を動かし、ともに成長していける先生になってほしいと思います。
 2020年のオリンピック・パラリンピックを東京で迎えようとしている今、その躍動を肌で感じながら、国士舘大学体育学部で、スケールの大きな指導者として育ってほしいと願っています。

田原 淳子(TAHARA Junko)教授プロフィール

●博士(体育学)/中京大学大学院 体育学研究科博士課程修了
●専門/スポーツ史学、スポーツ教育学