国士舘大学の真髄

2015年12月1日、国士舘大学の新しい学長に佐藤圭一教授が就任しました。来年、2017年度に国士舘は100周年を迎えます。100年の伝統の上に立ち、今、新しい時代へ歩み出そうとする国士舘大学について、新学長にお話をうかがいました。

編集部: 2017年、国士舘は100周年を迎えます。
伝統の中で培われてきた国士舘大学の良さについてお聞かせください。

 国士舘大学の前身は、創立者柴田德次郎が1917年に東京の麻布に建てた人材育成のための教育道場でした。以来100年、吉田松陰先生の精神を範として、「国を思い、世のため、人のため」に尽くす人材の育成に取り組んでまいりました。私たちが大切にしているのは、「公徳心」という言葉です。公徳心とは何か、それを具体的にいうと、私欲を捨てて、他人を思い、社会を思い、国を思って行動できる人の心だと思います。これはまさに日本人が持っている美しい精神であり、国士舘大学は伝統の中でこの精神を大切に育んできました。戦後の世においては一時期、やや古めかしく見えたこともある「公徳心」ですが、いま、これこそが日本の、日本人の良さとして、世界の人から注目されているように思います。
 ここ数年、日本を訪れる外国人が急増しています。海外の人の目が日本に向き始めたのですね。いま、世界の人は日本に大きな関心を寄せています。従来は観光や爆買いと呼ばれるショッピングが中心だったようですが、近年は日本の自然や風土、普通の人々の暮らしを見たり、日本人の人情に触れたりすることを目的とする観光が増えてきました。日本や日本人の良さに、世界の人々が着目し始めたのです。そして、その良さを体現し、教育の柱としてきたのが国士舘大学の伝統ではないでしょうか。
 「公徳心」は、私塾国士舘の原点であり、建学の精神にある「誠意・勤労・見識・気魄」の4徳目にも通じるものだと思います。国士舘100周年を迎えるに当たって、私たちが最も大切にしてきた心を、いまこそ世間に、世界に向かって発信していきたいと思っています。

編集部: 伝統を大切にしてきた歴史の中で、逆に変わったものはありますか?

 伝統を守りながらも常に私たちが心がけてきたのは、開かれた大学でありたいという思いでした。保守という殻にこもって世間から離れてしまうと、せっかくの良い伝統も独りよがりのものになってしまいます。そういう意味では2008年に、100周年事業の一環として世田谷キャンパスに34号館ができたとき、キャンパスの塀を取り払って地域の人が自由に出入りできる大学にできたのは良かったと思います。これは先輩方の大英断ですね。最も基本的なことですが、社会や地域に愛されない大学は、永くは存在できません。壁を取り払い、自由な空気を入れたことで、キャンパスの中がずいぶん明るくなりました。お陰様で女子学生も増え、国士舘も変わったなぁと思ってくださる方が増えました。よく「私有地につき関係者以外立ち入り禁止」とか、「無断通行を禁ずる」といった立て札を見ることがありますが、国士舘大学に限ってはそのようなことはありません。どうぞ自由に通ってくださいと申し上げています。学生の少ない時間帯でしたら、学生食堂やカフェも、地域の方に利用していただきたいと思っています。

編集部: 大学教育の面で、
次の100年に向かって取り組んでいきたい抱負や課題はございますか?

 いま、日本には778校もの大学がありますが、多くの大学で苦労しているのが、建学の精神、つまり大学のアイデンティティは何かということです。そういう意味では、本学には創立者の柴田先生が掲げた建学の精神があり、確固たるアイデンティティを持っています。この建学の精神を具体的にどう教育の形に落とし込んでいくか。それはカリキュラムであったり、教授陣の陣容であったり、部活動であったり、ボランティアのプログラムであったりするのだと思いますが、ぶれのない建学の精神を実践できるようなものにしていきたいと思っています。
 この中で私が最も強調したいのは、「学生に幅広い教養を身に付けさせる」というテーマです。とかくいまの世は、大学の学びを専門と教養に分け、専門の方を重んじて教養を下に見る傾向があります。これは少し違っていると私は思っています。大学教育で大切なのは「リベラルアーツ」、つまり教養なんですね。
 教養は身体にとっての栄養と同じで、人間の基礎的な力を付けることに役立ちます。教養を身に付けると、まず逆境に耐えられる力が付きます。それから物事の本物と偽物、つまり真贋を見極める力が付きます。さらに思想や考え方の違う相手を受け入れる力が付く。そして、意見の違う相手との間で妥協点を見出す力が付く。こういった、社会で生きていく上で欠かせない最も大切な力が、幅広い教養を得ることで身に付くのです。私は大学教育における教養の大切さを訴え、これをカリキュラムに反映させていきたいと考えています。
 会社に入って働いてもそうですよね。専門性の高い仕事のスキルは、会社の研修やオン・ザ・ジョブで学び、問われるのはむしろ教養です。人からの信頼、ニーズに応えられる力、逆境や苦難を乗り越えられる力は、専門の学びだけでは身に付きません。これからの世の中は、問題が起きたとき、それを自分で解決できる「自己解決型」「課題解決型」の人間が求められます。そのためには一人ひとりが強い人間力を身に付けている必要がある。その強い人間としての土台を形成するのが教養教育なんだと私は思っています。

編集部: 広く教養を身に付けてもらうために、具体的にはどのようなことをお考えですか?

 まず日本人として大切なのは、日本のことを知ることでしょう。学生には日本人としての歴史観を身に付けてほしいと思っています。いまの日本人は、どのくらい日本のことを理解しているのでしょうか。たとえば天皇について、明治維新について、吉田松陰とはどういう人だったのか、歌舞伎とは何か、武道とは何か、外国の人から尋ねられてすぐ答えられる人がどれくらいいるでしょう。このあたりのことは学校であまり教えてもらえないんです。「国士舘の学生なんだからそれくらいは知っているでしょう」と世間の人は思っています。でも、実際にどれくらい理解しているかは怪しいところです。まずはこのギャップを埋めていきたい。歴史観をちゃんと身に付けてもらいたい。いま、100周年事業として「東京裁判」のことをやっていますが、真実を知ることは大事なことだと思います。本学の図書館には、東京裁判のたいへん貴重な資料が残されています。これを書棚の奥にしまい込まずに、積極的に活用したい。カリキュラムで、これだけは知っておいてほしいということを学生に身に付けてもらおうと思っています。これが私にとっての第一の課題だと思います。
 次に、キャンパスに留学生を増やしていきたいですね。先ほども申しましたが、世界の人はいま日本に注目しています。日本のことを知りたがっている人はすごく多い。外国の人にどんどん日本に来てもらい、国士舘で学んでもらい、日本のことを好きになって国に帰ってもらいたいと思っています。たとえばインドネシアなどは約2億5千万の人口のうち、4割以上が18歳以下です。こういう若い人たちは、日本に高い関心を持っています。留学して、教育して、日本を学んで好きになれば、両国の将来にとってとても有意義だと思います。また、留学生が増えることは、日本の学生にとってもメリットがたくさんあると思います。

編集部: キャンパスのグローバル化を進めるということでしょうか?

 いまの時代はグローバル化というより、もうグローバルになっているんですね。日本国内だけで事が済むということは、もはやなくなってきている。普通の会社に入っても、海外に出張したり、赴任したりすることが当たり前になってきています。
 世界に出て、日本人がまず途惑うのは、文化と習慣の違いです。日本国内で教育を受けると、そういうものに接する機会がなかなかありませんから。それを学べるのが大学だと私は思います。大学のことを「University」といいますが、これは普遍性という意味ですね。あらゆる価値観、あらゆる人種を受け入れるから「University」なのであって、国士舘大学もそれを体現していきたいと思います。
 日本人はよく「異文化」といいますが、たとえばアメリカではこの言葉をあまり使いません。彼らは「異文化」ではなく「多文化」とか「多様性」というんですね。いろんな民族、文化、習慣を持った人が集まって、互いの違いを認め合いながらコミュニケーションを取る、これこそがグローバル化というものです。世界中の文化に触れ、多様性を身につけること、これも大切な教養のひとつです。海外から来た留学生が日本のことを学び、日本の学生が世界の空気に触れ、彼らの文化や習慣、物の考え方を学ぶ。留学生が増えることは、双方にとってたいへん大きなメリットがあります。

編集部: 最後にお伺いしますが、国士舘大学の学びを通じて、
どのような人材を輩出していくお考えですか?

 繰り返しになりますが、私は国士舘大学の学びを通して、学生たちには「自己解決型」「課題解決型」の人間として成長してもらいたいと思っています。心身ともに逆境に強い人、壁にぶち当たっても自ら解決策を見出せる人、本物と偽物を見分ける目を持つ人、そして思想体系の違う人を受け入れ、妥協点を見出せる寛容さを持った人。こういった力をぜひ本学の4年間の学びで身に付けてほしいと思います。そのためには十分な教養を身に付け、さまざまなことを経験する必要があります。
 国士舘大学には、短期から長期まで、さまざまな留学制度があります。これを利用して、ぜひ海外に出ていってほしい。日本を飛び出し、世界を見て、外国の人に会ってほしい。会うと会わないでは大違いですから。実際に会って話してみると、相手のことがよく分かるし、恐れもなくなります。そして、海外に出ることは自分にとっての大きな自信につながります。私も若い頃に一人で外国へ行きましたが、日本に帰ってくるとなんとなく偉くなったような気がしたものです。自分の内側に自信が生まれるんですね。
 とにかく広い視野を持ち、いろんなことにチャレンジして、経験を積んでほしい。どん欲に知識を取り入れて、教養を身に付ければ、おのずから「自己解決型」の逞しい人間として成長していくことができるのです。
 それともう一つ、学長になってあらためて感心したのが、国士舘大学の武道ですね。先日も寒稽古を視察に行ったのですが、あれはやはり凄い、感動しました。たとえば剣道です。しーんと静まりかえった道場に120人ぐらいが構えているんですよ。そして、太鼓がドーンと鳴った瞬間、ドドドッと足を踏みならす音がして、剣を交える音が響くわけです。そして、ふたたび太鼓が鳴ると、ピタッと止んで元の静寂に戻る。この稽古の様子は、ぜひ外の人にも見ていただきたいですね。
 このピンと背筋が伸びるような感覚や、礼儀正しさなどは、まさに国士舘が伝統の中で大切にしてきたものであり、これからも大切にしていくべきものだと思っています。そういう意味で、いま私は「挨拶をする」を、今後のテーマとして掲げるつもりでいます。初めて会った人に「おはよう」「こんにちは」と言われて悪い気のする人はいませんね。明るい声で挨拶の響くキャンパス。ここから第一歩を踏み出していきたいと思っています。10年後、20年後、100年後の国士舘にとって、とても大切なことだと思っています。

多摩キャンパス寒稽古(剣道)

多摩キャンパス寒稽古(柔道)

多摩キャンパス寒稽古(陸上)

多摩キャンパス寒稽古(レスリング)

佐藤 圭一(SATOH Keiichi)学長プロフィール

●国士舘大学大学院政治学研究科政治学専攻博士課程修了、政治学博士(国士舘大学)
●専門/アメリカ政治史