政経学部の叡知

編集部: 先生は国士舘大学の政経学部で、どのような研究をなさっているのですか?

 私が主に研究しているのは、アジア経済論と中国経済論です。中国の急激な発展によって、アジアの経済は、もはや中国抜きには語れない時代になりました。その中で、私は主に企業と産業を中心に研究しています。また、教育の現場で学生に教える立場として、中国の教育や留学政策などにも関心があります。
 私は、大学の教授には二つの役割があると思っています。一つは研究者としての役割。もう一つは教師としての役割ですね。両者を分けて考える方もいらっしゃいますが、私の場合は特に区別をしておりません。自分が研究して得た最新の情報や知見を、常に学生に与えていきたいと考えているからです。自分の研究がおろそかになると、学生に対して古い授業しかできなくなります。だから、学生に最新の情報を届けるためにも、自分の研究をしっかり頑張らなくてはいけないと思っています。

編集部: アジア経済論では、どのようなことを学生に教えているのでしょうか?

 アジア経済論で扱うテーマは、日本と中国を含んだアジア経済の全体です。その中で、私がまず学生に言っているのは、日本がアジアの発展のためにどれだけ貢献してきたかということです。いまの学生は、バブル崩壊後の失われた20年の中で育ってきて、自信をなくしています。しかも、2010年に、日本はGDPで中国に抜かれました。日本はもうダメだと悲観的になっている人もいます。しかし、そういった認識はまったく違うと私は思っています。
 まず、GDPで中国に抜かれたと言いますが、中国と日本では人口が違います。一人当たりの国民総生産は、まだまだ日本に及びません。確かに中国や韓国は急成長してきました。ある分野では日本を越えているかもしれません。しかし、日本の場合は、全体的な底上げがあって、非常に安定しているのです。
 そもそもアジアの発展を牽引してきたのは、日本なのです。第二次世界大戦以前、アジアの国々は非常に貧しくて、停滞したイメージがありました。それを打ち破ったのが日本で、1950年代を境に、工業製品の輸出を通して、アジアの先頭を切って発展してきたわけです。そして、85年のプラザ合意をきっかけに、急激な円高が進むと、今度は戦略を転換して、日本は東南アジアに投資をするようになります。その潤沢な投資が、アジア経済の発展を力強く牽引してきたのです。日本はアジアの成長にとって不可欠な存在です。私はまずそのことを学生に教えて、自信を回復させるようにしています。

編集部: しかし、日本は中国や韓国との間で問題を抱え、緊張も高まってきています。

 その点についても、私はまったく心配していません。なぜなら、世界の経済の中で、国際分業化が進んでいるからです。先ほども言いましたが、日本はアジアに資本と技術を提供しています。それでアジア諸国はモノを生産して、欧米に輸出しています。資本と技術の提供を日本が担い、アジアが生産拠点となり、欧米が市場となっている。この三角貿易でアジアは発展してきたわけです。
 日本、アメリカ、中国の関係を見ると、政治的には摩擦や考え方の違いがありますが、経済的にはすでに離れがたくなっています。2008年のリーマンショック以降、欧米の海外投資は落ち込んでいます。その中で、日本は突出して中国に投資し、雇用創出にも寄与しています。中国にとって日本は必要ですし、日本にとっても中国は必要です。日本、アジア、欧米の国際分業化が進んでいるので、もはや互いに縁を切ることはできないのです。

編集部: 先生はゼミを担当なさっていますね。ゼミではどんなことを教えてらっしゃるのですか?

 私が政経学部で担当しているのは、フレッシュマンゼミナールと、専門ゼミナールの二つです。まず、フレッシュマンゼミのことからお話ししましょう。
フレッシュマンゼミは一年生が対象になります。まだ高校を卒業したばかりなので、このゼミでは学問というよりも、学生の能力を高めるトレーニングを行います。人前での発言とか、文章の書き方とか、プレゼンテーションのやり方とか、そういった基礎力の向上ですね。
 フレッシュマンゼミで私が心がけているのは、学生の発表を褒めることです。日本の学生は、質問してもなかなか積極的に答えてくれません。小さいときから、人前に出る訓練をしていないからだと思います。だから、私は学生に自信を付けさせるために、必ずいいところを見つけて、褒めるようにしています。学生一人ひとりの顔と名前を覚えて、この子はこういうところを褒めてあげよう、あの子はああいうところを褒めてあげようと。少しずつ自信を付けさせ、人前で発表できる力を付けていきます。

編集部: 専門の学びを始める前に、まずは人間としての基礎作りをするわけですね。

 その通りです。人間としての基本というのは、たとえば、人の話を聞くということですね。他の人が発表するときに聞かない学生がいる。私はそういう学生に、こう言うのです。あなたが発表しているとき、他の人がわぁわぁ騒いでいたらどう思いますかって。自分をその人に置きかえて、考えてみてくださいと。このように繰り返し言っていると、少しずつ分かってきて、発表のときに教室がシーンとする。その態度をまた褒めてあげるのです。こういうプロセスを通して、少しずつ学生は成長していきます。
 遅刻とかレポートの提出遅れも、私は許しません。学生は遅刻ぐらいいいでしょうと思っていますが、自分を律することができない人間に、一体何ができますか。社会に出たら、遅刻は絶対に許されないことです。それを学生に分かってもらうために、まず私自身が自分を律するべきだと思っています。ですので、私は授業開始の5分前に必ず教室に来て準備をします。私自身、常に学生と一緒に、成長することを心がけています。

編集部: 専門ゼミでは、どのようなことをやるのですか?

 専門ゼミも、学びの内容はプレゼンテーションが中心になります。プレゼンのできない人は、就職でも優位性が持てないので、そこはしっかりやっていきます。専門ゼミで扱うテーマは、アジア経済論と関係のある分野で、内容はフレッシュマンゼミより高度なものになります。
 プレゼンをするために、まず大切なのは読解力です。新聞や書籍をしっかり読み、理解できる能力を付けていく。次に大切なのが、分析力ですね。読解を通して理解した事柄を、どうやって分析していくか。そして、その上で、今度は自分が分かっても、相手に伝わらなくては意味がない。だから、表現力が大切になってきますね。こういった能力を、学生たちはプレゼンテーションを通して総合的に高めていきます。
 それで、なおかつ大切なのが、創造力です。イノベーション、クリエイティブ、こういった力を身につけるために、私が学生に要求するのは、授業の内容を把握した上で、プラスαの考えを出すことです。間違ってもいいから、自分の意見を述べなさいと。そのためには、まず、先生の言っていることを批判しなさいと教えます。先生を批判しようと思えば、相当努力しないとできませんから。多少論点は未熟でも、自分なりのオリジナルな意見を述べる学生には、その志と気概を評価して、私は高い点数を与えることにしています。

編集部: 先生は中国の東北師範大学のご出身ですね。どのような経緯で日本にいらしたのですか?

 私が大学に入ったのは1981年で、中国が対外開放して間もない頃のことです。東北師範大学は、当時中国の重点大学の一つで、そこで西洋経済史を学びました。卒論に「マーシャルの価格均衡論の現実的意義」というのを書いて、それが先生に高く評価され、大学の優秀論文に選ばれました。そして、そのまま大学院修士課程に進学し卒業後には、中央直属の重点大学中国青年政治学院に入ることができ、大学教師を務めるようになりました。
 日本に来るきっかけをつくったのは、主人なのです。主人は日本語が上手で、私よりも先に日本の大学に来ることが決まりました。私は家族滞在という形で主人に付いてやってきましたが、日本語がまったくダメでしたので、テレビを見て独学で日本語を学びました。それで試験を受けて、大阪にある大学の博士課程に進みました。その大学で先生から中国経済論とアジア経済論をやってみないかと勧められたのです。日本の学者の視点で中国を見ると、新しい視点が生まれてくるぞと言われて。実際にやってみて、まさにその通りだと思いましたね。この研究分野は実に幅広く、興味深く、そこで培った基礎はいまも生きています。ゼミのやり方、指導の仕方、すべてをその先生に学びました。

編集部: 2011年から1年間、北京大学に行かれていたとうかがいました。あちらの大学はいかがでしたか?

 はい、国士舘大学の制度を利用して、北京大学に行かせていただきました。実際に行ってみて、それはもう感心することの連続でしたね。まず、キャンパスが広い。施設が充実している。そして、さらに驚いたのが、学生の学ぶ意欲の高さです。授業が終わると、先生のまわりにドッと学生が詰めかけてくる。質問のための列ができるのです。議論が活発で、ディスカッションも英語でするわけです。最終の授業は午後九時半に終わるのですが、話が白熱してくると終わらない。三十分でも一時間でも、授業が延長されてしまう。私も知らないような高度な知識を学生たちは持っていて、延々と議論が繰り広げられるのです。私にとって、ものすごくよい体験になりました。
 こういう自分の体験談も含めて、私は授業でさまざまな情報を与えて、学生を刺激していこうと考えています。そのために、毎回ニュースやテレビ番組をチェックしています。その中でいいものはDVDに録画して、リアルタイムで授業と関連づけながら学生に見せていきます。ワールドニュースアワーとか、NHKのドキュメンタリーなどですね。学生たちは非常に喜んで見てくれます。

編集部: 最後になりますが、政経学部の学びを通して、どのような人材を育成しようとお考えですか?

 私のキーワードは“グローバル”です。グローバル経済は、もはや後戻りできないところまで進展してきています。たとえ日本国内で仕事をするにしても、海外との取引は必ずあるわけで、企業が求めるのはグローバル人材です。
 昨年度、私が紹介したスタンフォード大学の授業を見た学生の一人が、「先生、アメリカに行ってきます」といって、夏休みの短期留学に出かけていきました。こういう発想が大事ですね。海外に行くと就職に乗り遅れるとか、そんな消極的な考えが生まれるのは、今の時代を読み取っていない証拠です。1年、2年、人より遅れてもいいから、海外に行ってみる。そういう経験は決して無駄にはなりません。
 今は中国にも日本からの留学生がたくさん行っています。中国で勉強して、そのまま現地の企業に就職する人も増えています。アメリカでも、イギリスでも、どこでもいいから、ぜひ外国に行ってみてください。その社会に入れば、日本にいる今とはまったく違う自分のイメージが生まれてきます。自分の視野が大きく広がり、結果として、それが就職先を広げることになるのです。
 まずは社会人としての基礎をきちんと身につける。その上で専門の技術を磨き、勇気をふるって海外に飛び出していく。グローバル社会で活躍できる逞しい人間を、私は政経学部の学びを通して育てていきたいと考えています。

許 海珠(XU,Haizhu)教授プロフィール

●東北師範大学 政教学部(現名称:経済学院)経済学学士
  東北師範大学 経済学院・政治経済学研究科 修士課程修了 経済学修士
  大阪市立大学大学院 経済学研究科 博士課程修了 経済学博士
●専門/中国経済論、アジア経済論

掲載情報は、
2013年のものです。