国士舘大学の友情"

毎年11月2日・3日に開かれる国士舘大学の「楓門祭」は、企画から運営までのすべてを学生が仕切る手づくりの学園祭。クラブ・サークル・ゼミ団体による露天や展示、ステージ上でのさまざまな催しなどが楽しめ、近隣の子どもたちからお年寄りまで、大勢の方に来校いただいています。この一大イベントを動かすのが「楓門祭実行委員会」です。今回は国士舘創立100周年の節目にあたり、このエネルギッシュな学園祭を動かした楓門祭実行委員にお集まりいただき、そのイキイキした体験を語っていただきました。

※10/27から11/4(創立記念日)は100年祭が開催され、10/28、29は町田キャンパス、多摩キャンパスでも、それぞれ鶴川祭、多摩祭が実施される。

編集部: 国士舘の「楓門祭」はどのような歴史を持った学園祭ですか?

実行委員:「楓門祭」の歴史は古くて、第1回は1964年(昭和39年)に開かれました。前回の東京オリンピックが開かれた年ですね。そのときは「明治祭」という名前で開かれたそうです。その後に一度「学園祭」という普通の呼称になりましたが、1977年(昭和52年)、国士舘が創立60周年を迎えたことを記念して、校章にあしらわれている楓にちなんで「楓門祭」と呼ばれるようになったそうです。今年、国士舘は創立100周年を迎えました。今回の催しは「楓門祭」という名前になってから41回目の開催になります。これまで先輩方が培ってきた伝統の上に、私たちなりの思いを乗せて、未来へつなげていけるような学園祭にしたいと思っています。

編集部: 今年のテーマが「結(ゆい)」だそうですね。これにはどのような思いがあるのですか?

実行委員:はい、今年は国士舘創立100周年記念の年ということもあって、「楓門祭」のテーマを「結」とさせていただきました。これまでの伝統と、これから続いていく未来をつなぐ「結び目」の祭りにしたいという意味があります。でも、結ぶのは「過去」と「未来」だけではありません。「地域」と「学校」、「学生」と「教職員」、「OB・OG」など、すべての人を結ぶという意味も込められています。国士舘大学を中心に、人と人が出会い、つながり、広がっていくような「楓門祭」にしていきたいと思っています。

編集部: 「地域」という言葉が出ましたが、「地域密着型」は楓門祭の特徴のひとつでしょうか?

実行委員:そうですね、国士舘大学は「地域に開かれた大学」を目指しているので、そこはかなり意識しています。それに地域の方には本当にお世話になっています。毎年「楓門祭」を開くに際して、松陰神社通り商店街、梅丘商店街、豪徳寺商店街、山下商店街の皆様からご協賛金をいただいています。その関係もあって、実行委員としてご挨拶に伺ったり、また、地域で開かれるお祭りなどに参加して、お神輿を担がせていただいたりしています。年に数回ですが、豪徳寺の駅前にある花壇の植え替えなどもボランティアでお手伝いしています。そして、催事の中身を考えるときも、常に地域の皆様のことは念頭にありますね。近隣の幼稚園や小学校の児童生徒、お年寄りの方々、家族連れなど、幅広い層の方に楽しんでいただける学園祭にしたいと思っています。

編集部: 「楓門祭」の実行委員になると、どんな活動をすることになるのですか?

実行委員:これも「楓門祭」の特徴のひとつですが、本当に学生の手で一から作りあげていく学園祭なんですね。今、1年生から3年生まで、総勢97名の実行委員がいます。この中で、総務部、参加団体部、企画部、情報宣伝部、編集部、施設部、渉外部、会計部などの部署があり、メンバーはそれぞれの部に所属して役割を担っています。1年生から3年生になるまで、基本的に所属する部署は変わりません。メンバーはそれぞれの役割を3年間かけて深めていくことになります。
 毎年、中心的な役割を果たすのは3年生です。3年生が引っ張っていって、2年生がそれをサポートしていく形になります。1年生はバックパネルの絵を描いたり、地域の皆様のところに協賛のお願いに伺ったりしながら、実行委員の仕事の全体を把握していきます。1年、2年、3年と階段を上がるように慣れていって、「楓門祭」を自分たちのものにしていくのです。今、私たちは3年生ですが、自分たちで「ああしよう」「こうしよう」と相談しながら決めていけるので楽しいですね。プレッシャーもありますが、それ以上に、自分たちで手づくりしていける喜びを感じています。

編集部: 「楓門祭」の実行委員にはどのようにしてなるのですか?

実行委員:基本的にはサークルと同じように、新入生が入ってきたときに勧誘をします。毎年勧誘するのは2年生の役目ですが、今年の2年生は本当に楽しそうに勧誘してくれました。その甲斐あって1年生の人数がぐんと増え、女子率もずいぶん高くなりました。
 実行委員になる人の動機はそれぞれですね。高校のときから学級委員や生徒会の活動をしていて、大学でも企画や運営に関わりたいという人がいれば、逆に、高校時代に何もやっていなかったから、大学で上下のつながりを作りたいと思って入ってくる人もいます。実行委員会はサークルではないんですけど、感覚としてはサークルに近いのかもしれません。3年間、「楓門祭」の実行委員の活動を通して、本当に充実した日々が送れます。

編集部: 実行委員は年間を通して活動することになるのですか?

実行委員:「楓門祭」は毎年11月2日と3日に行われますが、最後の催しが終わった時点で、3年生は引退することになります。そして、翌日4日に後片付けをするんですが、そのときから2年生がリーダーシップを取ることになります。正式に新しい実行委員が発足するのは例年5月ですが、今年は創立100周年ということもあって1月に発足しました。
 楓門祭が終わってから次の実行委員会が発足するまでの期間は、基本的にオフになります。でも、オフだからといって何もしないわけではなく、仮の代表と部長のもとで次回に備えて打ち合わせが進められます。一年中みんなで集まって、なんだかんだ話し合いをしていますね。実行委員同士のコミュニケーションは濃密で、授業のとき以外はほとんど学園祭実行委員会室に来て顔を合わせています。夏休みの間も、学校が閉まっているお盆の時期を除いて、ずっと一緒でした。お互いの家に行き来して泊まり込んだりもします。「同じ釜の飯を食う仲間」ってよくいいますが、まさにそんな感じのつながりが生まれます。

編集部: 歴代の実行委員長にインタビューを行ったそうですね。どういう狙いがあるのですか?

実行委員:今年は国士舘創立100周年の節目の学園祭で、テーマを「結」としたことから、これまでの歴史を振り返り、未来へとつなげていくために、歴代委員長にインタビューしようと思いました。いままでどのように学生主体で実行委員会がこの「楓門祭」を作りあげてきたのか、なかなかそういうことをおうかがいする機会もないので、ぜひ歴代委員長のお話をお聞きし、自分たちで吸収し、次の世代へつなげていこうと考えたのです。今のところ、初代委員長の齊藤毅さん、1999年度委員長の中村有喜さん、2015年度委員長の瀬尾明香里さん、2016年度委員長の堀内陸さんの4名にインタビューすることができ、2006年度委員長の渡部可奈さんからはメッセージをいただくことになっています。
 それぞれの代の方のお話は本当に参考になりました。特に初代委員長からは、「明治祭」と呼ばれていた頃の草分け時期の、大変貴重な話をおうかがいすることができました。皆さんそれぞれの代で素晴らしい活動をされていて、参考になることばかりでしたが、その中でひとつ、心に強く残ったお話がありました。それは「自分たちのやりたいことを思いっきりやりなさい」ということです。初代の齊藤さんも、1999年度の中村さんも同じことをおっしゃいました。そのとき知ったのですが、中村さんが委員長をやったとき、初代委員長の齊藤さんが学生厚生課の課長だったそうです。そんなつながりもあり、「思いっきりやりたいことをやる環境」が「楓門祭」にはあるんだなぁということを実感しました。
 そしてまた、2015年度の瀬尾さんと2016年度の堀内さんが、口を揃えるように「辛いことはなかった。全部楽しかった」とお答えになったことも印象に残りました。今、同じ楽しさを私たち自身が味わっているからです。大変なこともいっぱいありますが、でも楽しいんです。チームで力を合わせてみんなで乗り越えていくのが、楽しい。この楽しさは、たぶん、実行委員を経験した者でないと分からないと思います。歴代委員長のインタビューを通して、「楓門祭」に携わることのすばらしさを改めて実感しました。

編集部: 今年の「楓門祭」で目玉企画のようなものがあったら教えてください。

実行委員:基本的にすべてが目玉企画だと思っているので難しいですね(笑)。強いて挙げるとすれば、「ミスコン」と「ミスターコン」でしょうか。ミスコンの今年のテーマは「スペシャル」です。国士舘生の非日常の特別な姿をご来場のみなさんにお目にかけたいと思っています。一方、「ミスターコン」は3年ぶりの開催になります。テーマは「王子を決めよう」ということで、観客の皆様を国民に見立て、国民投票で「メイプル王国の王子」を決めるという凝った内容になっています。どちらもみんなで盛り上がれる楽しい企画になると思います。
 もう一つ、今年はいままでになかった「中夜祭」を開催する予定です。11月2日の催しが終了した後に、サークル参加団体にステージに出ていただいて、音楽とダンスを披露していただきます。一般のお客様が帰られた後に、学生だけで目いっぱい盛りあがりたいと思っています。
 それから、目玉といえば「プロジェクションマッピング」ですね。去年もやりましたが、今年は絵コンテから編集部で作成して、オリジナルのものを上演します。テーマはずばり「変化」。創立100周年にちなみ、大正、昭和、平成の3つの時代の移り変わりを梅ヶ丘34号館の壁面に投影します。閉会式終了後に行うフィナーレとなるショーですね。

編集部: 最後におうかがいしますが、「楓門祭」の実行委員の活動を通して得たものは何ですか?

実行委員:それはもう、ここに参加している個々人で、いろいろなものを得ていると思います。それだけ多くのことを経験していますから……。
 失敗もいっぱいしました。1年生のときに実行委員会室の隣に柴田会館があるんですが、そこの天井にある窓を友達とボールで遊んでいて割ってしまいました。ものすごく先輩に叱られましたね。でも、そのとき先輩は、私たちと一緒にいろいろなところを回って頭を下げてくださいました。先輩から受けた恩は後輩に返さなければいけないなと、そのとき心の底から思いました。
 また、実行委員をやっていると、自然とタテのつながり、ヨコのつながり、さまざまな人とのつながりが生まれます。その中で活動していくうちに、チームワークの大切さを知り、人にうまく頼ることを覚えていきます。いろんな人の考えを知ることができるので、自分の考えの幅も広がりますね。それからもう一つ、人に説明するときの「伝え方」の大切さも分かりました。協賛金をお願いするのに、地元の商店街や企業に伺って説明するのですが、そのときに伝え方を間違うと「楓門祭」そのものの印象が悪くなってしまいます。同じ内容を伝えるにも、「どう伝えるか」が大切なんだなということを知りました。
 それと、強く印象に残っているのは、1999年度委員長の中村さんにインタビューしたとき、「近々、上の先輩から誘われてバーベキューするんだ」と楽しそうにおっしゃっていたことです。いまだに実行委員のつながりがあるんだなぁと羨ましく思いました。結婚式の写真を見せていただいたときも、写っていた方のほとんどが実行委員でした。中村さんは実行委員のことを「大家族」と呼んでいました。そう、まさに大家族。いや家族よりも一緒にいる時間が私たちは長いんです。「楓門祭」の実行委員を経験していろんなものを得ましたが、でも、やっぱりいちばんの宝物は、毎日ここに来て苦楽をともにしてきた仲間だと思います。こんな素敵な仲間を得ることができ、また自分を成長させてくれた「楓門祭」に、心から感謝したいと思います。

楓門祭実行委員 委員長 冨岡皓明 3年生、楓門祭実行委員 情報宣伝部長 大野俊治 3年生楓門祭実行委員 副委員長 長柴駿一 3年生、楓門祭実行委員 渉外部 大内くるみ 3年生