企業ビルの設計に挑んだこのリアルな体験は、自分の人生設計にもきっと役立つ。


 「青山の一画に、INAXがショールーム機能を持った東京支社ビルを建築する」。課題のための架空の設定とはいえ、こんなリアルなテーマで、私たちが選択した「建築設計」の秋期課題が、国広ジョージ先生と南泰裕先生の指導のもとに始まった。

 ふつう、大学の学部で出される建築の課題では、図書館や博物館などの公共建築物がテーマとして与えられることが多い。しかし、私たちを指導する国広先生の考えはちょっと違う。「社会に出れば、ほとんどの仕事は企業のオフィスビルやショールームなどの設計。学生のうちからリアルな感覚で、実社会の建築設計を学んでほしい」。こんな想いから、先生は建築家としてのネットワークを活用し、INAXという企業の協力を得て、架空の設定とはいえ、実際の仕事に近いカタチで建築の課題を出してくれた。

 

 そして、さらにユニークなのは、この課題をアメリカのテンプル大学日本校の学生たちと一緒に取り組んだことだった。「違う文化、風土で育った外国人は、日本人と異なる発想をするだろう。その違いを感じ取り、学びの刺激にしてほしい。また、ビジネスのグローバル化にともなって、これからの建築家は海外へ出ていくチャンスが増える。海外の学生との交流は、将来のプラスになるはずだ」。テンプル大学との共同制作の背景には、こんな国広先生の想いがあったのだ。




 そうして、私たちは課題の制作に取りかかった。実際に設計プランを立てる前に、考慮すべき点はいろいろあった。その一つが、ビルを建てる土地の条件だ。与えられた土地の広さはおよそ3500m2で、ゆるやかな傾斜地だった。この傾斜地の高低差をうまく活かした建築ができないか。また、青山という土地の雰囲気も大切だ。世界のファッションをリードする街の空気を、どこまで取り入れることができるか。周囲の閑静な住宅地と違和感なく調和するにはどうしたらいいか。そして、最も重要なのは、INAXという企業イメージの表現だ。タイルなどの建材商品やトイレ、ユニットバス、キッチンなどの住宅設備機器を製造・販売しているこの企業のコンセプトを、どのようにして設計プランの中に落とし込んでいくか……。初めての体験だけに、戸惑うことばかりだった。


 あっという間に3ヶ月が過ぎ、発表の日がやってきた。私たち国士舘大学とテンプル大学の学生は、それぞれ自ら作成したプランを持ち寄り、1人3分間の時間をもらってプレゼンテーションを行った。相手は、国広先生や南先生をはじめ、現場で活躍されている一級建築士や、INAXの皆さん、などだ。限られた時間の中で、自分の考えを言葉にまとめるのはとても難しく、すべてを表現しきれないもどかしさを覚えた。



 ともあれ、3ヶ月に及ぶ課題との格闘は終わった。そして、私たちの制作した模型と図面は、銀座にあるINAX:GINZAの7階「クリエイティブスペース」に展示されることになった。もちろん、この展示会のプランニングや設営も、授業の一貫として国士舘大学の学生が担当した。100%納得のゆくプレゼンができたか?正直いってこの問いに素直にYESと答える自信はない。しかし、全力を出し切った達成感が、何かをなし遂げた後の心地よい疲労とともに残ったことは確かだった。これから建築を志す私たちにとって、このリアルな条件を課された課題は本当に刺激になった。自分自身の将来を設計していくうえで、貴重な体験となったことは間違いない。


3年生 内野 皓介 (神奈川県/県立荏田高等学校)
小学校高学年のときに、父が図面を書いて設計し家をリフォームしました。でも、完璧に納得できるものができなくて……そんなことから建築に興味が湧いてきました。将来はアメリカに渡って設計事務所に入りたいと思っています。そういう意味で、今回テンプル大学の学生と一緒にやれたのは良かった。3Dの画像を駆使したり、彼らは持っている武器が僕らと違うように感じましたね。あのプレゼンテーションのやり方は、参考になりました。
3年生 高橋 杏菜 (東京都/啓明学園高等学校)
母がピアニストで、私も小さい頃からピアノを習っていました。それでいろんなコンサートを聴きにいくうちに、音響やホールに興味を持つようになって、建築を志すようになりました。建物が好きなので、日本はもちろん海外にもいって、いろんな建築物を見るようにしています。特に好きなのは、フランクゲーリーという建築家。「我を建築にしている」みたいな個性の強いところが好きですね。将来は、自分の手でホールを設計して、そこで母に弾かせてあげたいなと思っています。
3年生 山崎 航 (埼玉県/県立南稜高等学校)
子供の頃からインテリアや建物に興味がありました。いまでも家具屋さんに入ると椅子に座ってみたり、街中で面白い建物があると写真を撮ったりしています。自分がやりたいのは住宅の設計なので、今回の秋期課題は方向がちょっと違ったけれど、でも、やってみてとてもいい勉強になりました。人それぞれ自分と違う発想があって、面白かった。将来はハウスメーカーに就職したいと思っています。 
(学年は2008年12月時点 学年・名前50音順)