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概要

国士舘史研究年報第8号

教育の「土台」としての宗教・文化23一九〇七(明治四〇)年は、渡辺は、ドイツ留学期間であり、柴田の学友であった長谷川が紹介したのだろうという推測の域をでない。2.国士舘担当課目についてしかし、前述のとおり、渡辺は、財団法人国士舘の理事や、渋沢栄一邸で行われた国士舘長老懇談会に、頭山や野田らと同席するなど、相談役としてかなりの位置にいたと考えてよい) (1 (。本節では、『大民』に書かれているものを中心に、渡辺が担当した科目を記述する。これらをみるかぎり、渡辺に期待されたのは、「修身」や「思想問題」である。仏教者である渡辺に、思想問題の授業を担当させたのは、設立趣旨の冒頭にあるように) (1 (、当時の「唯だ科学智を重んじて、徳性涵養を忘る」教育に対する反旗であったと考えられる。これは、「宗教・社会事業・教育の三位一体」を唱えた長谷川にも共通する考え方であり、一方で、教育なり、社会事業があり、一方でそれを精神面で支える、強化する、より良いものにする、または日本的なものにする、大乗仏教の思想があるとするのである。この点において、仏教思想とは、社会的なものを内面的な精神として支えるという役割を与えられるのである。また、柴田は、母親がかなりの信仰心に篤い女性であったらしく、その影響は小さくはないと述べている。『大民』をみるかぎり、渡辺の担当課目は以下のようである。一、『大民』三巻二号大正七年二月一日「国士舘設立趣旨」 講師 芝中学校 渡辺海旭 補教として 思想問題。 二、『大民』三巻一号大正七年一月「国士舘講座一月分」 佛教哲学 椎尾弁匡 社会問題 長谷川良信。三、『大民』三巻五号大正七年五月一日 補教として 思想問題 渡辺海旭。四、『大民』三巻八号大正七年八月一日「国士舘移設趣旨」 補教として 思想問題 渡辺海旭。五、『大民』三巻一〇号大正七年一〇月一日「国士舘講座九月分」 思想問題 渡辺海旭。六、『大民』五巻一号大正八年一〇月二〇日「一週間に於ける学科の配当左の如し」 宗教 渡辺先生。七、「国士舘規則(高等部)」「一週間に於ける学科の配当左の如し」 宗教 渡辺海旭。 八、『大民』六巻五号大正九年五月一日「国士舘第一学期に於ける一週間の学科配当左の如し」 仏教史上に現はれたる東洋思想(二時間)渡辺先生。