ブックタイトル国士舘史研究年報第8号

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概要

国士舘史研究年報第8号

国士舘史研究年報2016 楓?164脳裏に焼きつき忘れることが出来ない。サンパウロへベレンでの生活も徐々に慣れてきた頃、一九八二年七月二五日のサンパウロ支部武道体育館落成式で日本からの国士舘訪問団(第六次)と合流するように指示を受け、ベレンからサンパウロへ向かった。サンパウロ到着後、一旦サンパウロ武道体育館のあるサンパウロ支部に着任した。サンパウロ支部は国士舘が現地に設置したブラジル国士舘大学協会(SOCIEDADE KOKUSHIKAN DAIGAKUDO BRASIL 一九八〇年四月二九日ブラジル国認可)を実体とする組織であり、柳森優理事長、サムエル吉田理事(弁護士)、佐々木康之理事の責任体制で運営管理されていた。その後、サンパウロ市内で柴田梵天総長を団長とする国士舘訪問団と合流し、私はとりあえずリベルダーデ区の日本人街にある万里ホテルに宿泊した。このとき、空手道チームと久々の再会をし、その時にCEPEUSP で空手道を指導している佐々木康之先生に初めて紹介された。佐々木先生は、支部の設立から運営にご協力頂いた先生であり、私にとってはブラジル赴任生活を通じ公私ともに最も関係の深い友人となった。佐々木先生は幼いころに両親と共にブラジルへ渡り、日本人指導者から空手道を学び、USP卒業後、USP体育教官として就職している。空手道の流派林立する中、ベレンの町田先生と共にブラジルでの松濤館流代表者として国士舘のブラジルでの活動を支えて頂いた。先生は細身の体ながら力強い技を持ち現役時代はプロレスラーとの他流試合で勝利するなど実戦派の猛者として知られた。国士舘訪問団はサンパウロでの武道体育館落成式を終えた後、ブラジリアを経由してベレンへ回り演武会、大会を開催した後に日本へ帰国した。私は国士舘訪問団と共に行動し、ベレン空港で見送った後、ベレン支部の道場で足かけ一年半の空手道指導後、後任の空手道指導員飯田隆男と交代しサンパウロへ移動することとなる。この年一九八三年七月に日本の国士舘で当時の理事が学内で刺殺されるという大事件が起きた。この事件を機に国士舘は学園の運営体制が変わり、海外事業も見直され徐々に縮小されていく事になる。一九八三年一二月、私はベレン支部からサンパウロ支部へ異動。支部内の職員用宿泊施設D1に入り、支部の