国士舘要覧 2014
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35国士舘要覧2014 歴史安穏に資することにあり、「言論」では1916(大正5)年6月の雑誌「大民」創刊以来、1945(昭和20)年までよくその役割を果たしました。「教育」については、1917(大正6)年11月、東京・麻布に私塾「國士館」を開設し、1919(大正8)年には世田谷に移って高等部、中等部と本格的な学校を設け、これを起点に今の総合大学国士舘へと発展しました。波瀾の時世、国士舘の興隆を支えてきた人は少なくありませんが、先ず挙げなければならないのは、終生、学園経営の責を担ってきた創立者の功業と、国士舘創建の四天王として知られる頭山満、徳富蘇峰、野田卯太郎、渋沢栄一の存在です。また、中野正剛、緒方竹虎の名も国士舘発展の歴史に深く刻みこまれています。2002平成14年テム工学科、建築学科を建築デザイン工学科に名称変更工学部機械工学科を機械情報工学科、土木工学科を都市シス21世紀アジア学部設置2003平成15年政経学部を昼夜開講制に改組程設置大学院スポーツ・システム研究科・人文科学研究科に博士課2006平成18年国士舘大学地域交流文化センター完成研究科(修士・博士)設置大学院に総合知的財産法学研究科(修士)、グローバルアジア2007平成19年工学部を改組し理工学部理工学科設置2008平成20年体育学部にこどもスポーツ教育学科設置世田谷キャンパス梅ヶ丘校舎(34号館)完成2009平成21年鶴川キャンパスを町田キャンパスに名称変更2010平成22年大学院に救急システム研究科(修士)設置2011平成23年経営学部経営学科設置2013平成25年大学院救急システム研究科に博士課程設置ホール完成世田谷キャンパスにメイプルセンチュリー2017平成29年国士舘創立100周年1951昭和26年財団法人至徳学園から学校法人至徳学園に変更1956昭和31年短期大学に体育科(3年制)設置(昭和36年3月廃止)1958昭和33年体育学部(体育学科)設置国士舘大学設置1961昭和36年政経学部(政治学科・経済学科)設置1962昭和37年政経学部に経営学科設置1974昭和49年教養部設置(平成8年3月解体)1963昭和38年部改組、平成25年3月廃止)工学部(機械工学科・電気工学科)設置(平成19年4月理工学1964昭和39年太宰府校地取得(平成25年4月閉鎖)工学部に土木工学科・建築学科設置1965昭和40年政経学部二部(政治学科・経済学科)設置(平成19年3月廃止)政治学研究科・経済学研究科(各修士・博士)設置国士舘大学大学院設置1966昭和41年設置文学部(教育学科・史学地理学科・文学科)法学部(法律学科)設置鶴川校舎開設1953昭和28年41年3月廃止、国文科平成15年3月廃止)国文科・経済科二部設置(経済科二部昭和国士舘短期大学(2年制)設置は至徳のまま、昭和30年3月廃止)高等学校、国士舘中学校となる。専門学校至徳学園を国士舘の名称に復す(国士舘世田谷キャンパス梅ヶ丘校舎(34号館)完成メイプルセンチュリーホール完成国士舘短期大学設置鶴川校舎開設

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