建学の精神

日本の将来を担う、国家の柱石たるべき眞智識者「国士」を養成する

教育理念

創立者柴田德次郎筆

「国士」養成のため、四徳目「誠意・勤労・見識・気魄」を兼ね備える教育を行う。

  • 「誠意」とは、真心と慈悲の心で、世のため、人のために尽くすこと
  • 「勤労」とは、向上心を持って、誠実に仕事をすること
  • 「見識」とは、道理のもと、物事を見抜く力をもつこと
  • 「気魄」とは、信念と責任を持って強い心でやり通す力のこと

教育指針

四徳目を備えるには、不断の「読書・体験・反省」を実践し「思索」すること。

  • 「読書」とは、善き書物に学び、世の中や自然界の真を理解すること
  • 「体験」とは、智恵を持って善悪を判断し、善なる判断を実行すること
  • 「反省」とは、何事も行った後、その行為を省みること
  • 「思索」とは、省みた内容を検討し、次なる目標を立案すること

「建学の精神」現代的表現

「物質文明」を統御する「精神教育」を重視し、「心身の修練」と「知徳の精進向上」を目指し、国家社会の将来を思い、世界の平和と国家社会の改革向上に貢献する人材、即ち「国を思い、世のため、人のために尽くせる人材『国士』の養成」を目指す。

「国士」現代的表現

深く日本の将来を考え、国の常識に基づいて、世のため、人のために尽力する紳士・淑女、即ち「誠意・勤労・見識・気魄」の四徳目の涵養に努め、如何なる威武にあっても、如何なる誘惑にあっても、智力と胆力を持って、私心を棄て公のために資する、見識ある平衡を得た常識人・人格者を言う。

建学の由来

日本は明治維新後、西洋文明を積極的に受容し、社会の近代化を急速に推進してきました。このため社会は大いに伸張を遂げましたが、あまりに急激な近代化であったため、伝統文化を破壊し、軽視する傾向さえ生じました。日露戦争後には、国内問題が悪化し国民意識が変化するなかで、さまざまな社会問題が発生し、深刻な社会不安を惹起するようになりました。

このような当時の社会状況を憂い、柴田德次郎、阿部秀助、花田大助、喜多悌一、上塚司らの青年有志たちは、「言論」と「教育」をもって国家の繁栄と国民生活の安穏に資することを目指し、日本の「革新」をはかろうと、「社会改良」と「青年指導」を目的として「青年大民団」を組織し、1917(大正6)年、「活学を講ず」の宣言とともに、私塾「國士館」を創立するに至りました。

創立者たちの狙いは、「国士舘設立趣旨」で謳(うた)われているように、吉田松陰の精神を範とし、日々の「実践」のなかから心身の鍛練と人格の陶冶をはかり、国家社会に貢献する智力と胆力を備えた人材「国士」を養成することにありました。

以来、「国士」養成を理念として、学ぶ者みずからが不断の「読書・体験・反省」の三綱領を実践しつつ、「誠意・勤労・見識・気魄」の四徳目を涵養(かんよう)することを教育理念に掲げ、さまざまな分野で活躍する人材を世に輩出してきました。

今日、国士舘は、このような建学の志を大切に継承しながら、新たに発展を遂げた研究教育の諸領域でも、知識と実践の水準を高めつつ、世界の平和と進歩を目指し、現代社会に積極的に貢献する真摯(しんし)な努力を続けています。