国士舘大学文学部を卒業した宮川さんは、今、東京都にある特別支援学校で先生をされています。指導教員の郡司菜津美先生のゼミで、楽しい授業の作り方を学んだ宮川さんですが、教育実習のあるできごとがきっかけで、一旦、通常学級の先生になることを断念しました。なぜ彼女は教員になることを諦めかけたのか。そこから特別支援教育の道へと進んでいく人生を、大学時代のエピソードを交えながら、郡司先生とともに振り返っていただきました。
先生とは何か
- 編集部
- 郡司先生は、どのような分野のことを専門に研究なさっているのですか?
- 郡司
- 大きな枠組みでいうと、教育心理学が私の専門分野になります。どうやったら人が学びやすくなるか、そのためにはどういう場づくりをすればいいかということを研究しています。具体的なトピックでいうと性教育が専門です。
- 編集部
- 実際に、どうやったら子どもは学びたくなるのでしょうか?
- 郡司
- 心理学の用語でいえば動機づけというんですけど、私の研究ではとにかく遊びを大切にしています。遊びは挑戦できるし、いろんなことに背伸びができて、また遊びを通して仲間と一緒に成長していけます。学校というとどうしてもピシッとしたイメージがありますが、その中で、どれだけリラックスして子供達が「やってみたい」と思える授業を作れるか、そんなことを研究テーマにしています。
- 編集部
- もう少し具体的にいうと、それはどんな授業ですか?
- 郡司
- たとえば“インプロ”という演劇の手法があります。即興で人とやりとりしていく遊びなんですが、それを教科の学びとセットでやります。宮川さんと同じ学年だったSさんが茨城県で教員をやっているんですが、彼はインプロと授業の組みあわせをうまく実践しています。
- 編集部
- それはどんな感じの授業なんですか?
- 郡司
- Sさんは社会科の教員免許を持っていて、教育実習の際に「人類の出現」を教える研究授業をやったんです。その授業では、まず生徒達に役を割り振るんですね。君は原人の役、君は新人の役、みたいな形で。そして当時の人たちがどうやって生活していたかということを生徒達は役になりきって演じながら学びます。教科書的に学ぶのではなく、体を動かして、楽しみながら学んでいくんですね。
- 編集部
- それは楽しそうですね。
- 郡司
- 私が国士舘大学に来たのは10年前で、そこからずっとインプロは続けつつ、今はゲーミフィケーションという、ボードゲームなど、ゲームの要素を取り入れた授業づくりをやっています。たとえば、カルタなどを使った授業ですね。インプロは教員によっては負担を強く感じてしまうのですが、カルタやボードゲームなら児童生徒達もやりやすいし、先生方も教えやすいと思っています。
- 編集部
- 大学の授業でも、学生にそういうことを教えているのですか。
- 郡司
- 授業づくりは私の専門ですが、国士舘大学の授業で教えているのは、その基礎としての先生とは何か、といったことですね。教員になるための課程には大きく2つあって、1つは教職に関する科目で、もう1つは教科に関する科目です。教職に関する科目は、先生という仕事とは何かとか、児童生徒達とどう関わるのかといった内容になります。
- 編集部
- なるほど。先生という仕事とは何かとは、とても深い話ですね。その辺をどうやって学生に教えるのですか?
- 郡司
- 確かに深い話です。ですので、先生とは何かというテーマで本を一冊書きました。先生の仕事って本当にいろいろあって、まず人とつながる、演じる、共同するとか、対話するとか、児童生徒達をみる、支える、やる気にさせる、遊ぶとか。あと大切なのは変化することですね。自分も変わっていかなきゃいけないので。それから、子どもを守ること。ここは私独自の専門で、性教育、命に関することで守るという章を作っています。全体としては、これらをまとめて、児童生徒達と育っていくための教員としての基本、資質とは何かということについて、大学の授業で学生たちと学んでいます。

- 編集部
- なるほど。先生というのは幅広い仕事なんですね。もう少し端的に「先生とは何か」と問われたら?
- 郡司
- うーん、児童生徒達と一緒に成長していく仕事かなと思いますね。どうですか、宮川さん。先生を実際にやってみて。宮川さんは、私が国士舘大学に来たときの最初の授業の学生さんなんですよ。出会ってもう11年経つんだね。早いなぁ。
- 宮川
- 私も先生は変わり続けなきゃいけない存在だなとすごく感じています。自分が「先生」という壁を作ってしまうと、それ以上にはいけないので。
- 郡司
- うんうん。世間一般には、先生というと上から何かを教えるみたいなイメージがあると思いますが、全然そんなことなくて。むしろ児童生徒から学んで、児童生徒から吸収して、教え方を教わっているという仕事なんですね。なので、自分もどんどん成長していかないと、児童生徒達についていけない。そういう仕事だよということを、高校を卒業して間もない大学1、2年生に伝えています。
ゼミでの学び
- 編集部
- 宮川さんは郡司先生のゼミ生でしたよね。ゼミではどんなことをやるのですか?
- 宮川
- 先生の研究テーマである性教育に関していうと、高校の出前授業に連れていっていただいて、そこで学生たちが演じながら性について伝える授業を一緒に作りました。高校生より少し年上の大学生が教えることによって、性教育に対する「緊張感」が緩和されるんじゃないかということで。あと、ゲームですね。ゼミに来たらまずみんなでゲームをやって、その場の雰囲気を和らげるんです。カチカチな感じのゼミじゃなかったですね。
- 郡司
- 確かに、ゲームやったよね。いわゆる本の輪読みたいなことはあまりやらなくて。ただ、「デザインド・リアリティ」という本だけはみんなで読みました。これは心理学の本なんですけど、世界の見方みたいなことが書いてあります。結局教育って、世界の物の見方を伝えていくことだと思います。人間のこの社会がどう作られているかということを教えてくれる本で、大学の恩師が書いているんですが、私にとってはバイブルみたいな本です。
- 編集部
- ゼミでは、どんなゲームをやったんですか?
- 郡司
- いろんなゲームをやりましたね。たとえば、ワードバスケットというしりとりみたいなゲームとか。みんなきゃあきゃあ言いながらやっていました。言葉遊びのゲームなので、国語の授業にも使えますし。
- 編集部
- ゼミでは他にどんなことをやるのですか?
- 郡司
- 3年生のうちは他大学のゼミ生と合同で学んだり、近くの小学校や中学校に行って子どもたちと一緒に体験活動をしたりして、いろんな人と出会い、いろんなことを経験してもらいます。去年は愛知県から中学生が修学旅行で来て、キャリア教育の一環として大学を見たいという話があって、その企画をゼミ生に考えてもらいました。そして、4年生になると卒業論文の作成ですね。うちのゼミは結構徹底的に指導するので。厳しかったよね。
- 宮川
- そうですね。他の学部とかゼミと比べても厳しい方だったと思います。
- 編集部
- 宮川さんは、卒業論文はどんなテーマで書いたのですか?
- 宮川
- 私は「月経時における男女のコミュニケーションの差異について」というテーマで書きました。女性は、毎月来る月経のときに、イライラする、自信をなくすといった気持ちのふらつきがあるんですよね。しかも人によって度合いは違いますし、月によっても変わります。それを大学生300名ぐらいにアンケートを取って調べました。男女は月経時にどういうコミュニケーションを取るのかという調査で、結果は、月経が起きたトラブルに対して、女性は月経そのものの事象を伝えたり、自身の症状を抑制する行動をとったりする傾向がある一方で、男性は具体的な行動をとる傾向にあり、男女でコミュニケーションスタイルが違うことが明らかになりました。大学院ではもう一歩突っこんで、そもそも男女でコミュニケーションに差異がある中で、どうやったらみんなが分かりやすい性教育ができるか、というテーマで修士論文を書きました。
- 郡司
- すごいですよね。これはすごく優秀だったので、査読付きの論文になりました。(https://ynu.repo.nii.ac.jp/records/12726)私、宮川さんのあの話が好きなんだけど。なんで私のゼミに入ったのかという。
- 宮川
- はい。私は子どもの頃から、性に対する話に抵抗があったんですね。小中学校の性教育の授業も男女で部屋が分かれていたし、恥ずかしいこと、誰にも言っちゃいけないことと思っていました。で、郡司先生の授業を2年生のときに受けて、「何を言っているんだ、この先生は」って思っちゃったんです。こんなに恥ずかしいことを言って大丈夫なのって。それで授業の感想を書く用紙に、自分は性に関することは気持ち悪いことだと思っているということを書いたんですね。性に関する話に抵抗があるって。
- 郡司
- 普通、そんなだったら自分からこのゼミを避けるじゃないですか。だけど宮川さんは果敢にも、自分が苦手だからこそ、この原因は何だろう、性のことは乗り越えなきゃいけないんじゃないかって、私のゼミに入ってきてくれたんです。本当にすごいよね。ここまでちゃんと向きあうって。しかも、大学院までこのテーマに付き合ったんだから。
- 宮川
- 先生になりたくて大学に入った以上、このまま「恥ずかしいから」で逃げてはだめなんじゃないかって思ったんだと思いますね。
特別支援教育の道へ
- 編集部
- 宮川さんは現在、特別支援学校の先生をなさっていますよね。なぜその道に進もうと思ったのですか?
- 宮川
- 私は親が教員をやっていたこともあって、最初は体育の先生になろうと思っていました。でも、中学校の修学旅行で沖縄に行ったときに、「あ、自分は戦争のことを何も知らないんだ」と気づいて、こういうことを伝える先生になりたいと社会科の先生を目指すようになりました。で、大学に入って学び始めたのですが、ちょっとしたつまずきがあって、一旦先生になることを諦めかけたんです。
- 編集部
- つまずきというのは、どんなことですか?
- 宮川
- 教育実習のときなんですが、大学で学んできたことを教壇に立って実践したのですが、そこである一人の女の子にシャットアウトされてしまったんですね。
- 編集部
- シャットアウト?……
- 宮川
- そう、彼女は私の話や問いかけに一切応じてくれない。プリントも回してくれない。その一人の女の子だけが、2週間、私がいくら向きあおうとしても壁を作ったままでした。で、自分が思い描いていた学校とは別の現実を突きつけられたように感じて、これに向きあわなきゃいけないんだと思ったとき、そこから逃げてしまった自分がいたんですね。
- 編集部
- なるほど。それで一旦、教員になることを諦めかけたわけですか。
- 宮川
- そうなんです。でも、同時に、そこで特別支援学級と通常学級の子の関わる機会が作られていることを見て、「あ、私は集団じゃなくて一対一で向きあう教育の世界の方が向いているのかな」と感じました。それで、大学院で教員免許を取りながら、特別支援教育について学んだり、通級指導に関わったり、郡司先生が行ってらっしゃった神奈川県の定時制高校に行ってみたりして、不登校ぎみの子とも向きあったりする中で、特別支援教育の道を志すようになりました。今はこの世界に入ってよかったと思っています。
- 郡司
- 本当にすごいですよね。彼女はいろんな方向に矢印が向いていて、それをキャッチするパワーがあります。1与えたら10返ってくるみたいな学生でしたね。私のゼミの3期生なんですが、私は本当に3期生に育てられたと感じています。
- 編集部
- 特別支援学校ではどのようなことを教えているのですか?
- 宮川
- 私は今、特別支援学校の肢体不自由教育部門というところで働いています。小・中・高が一緒になっている大きな学校で、本当にいろんなお子さんが通っています。教科書を使って学習する子もいれば、知的障害教育を基盤とした学習をする子もいるし、生活や身体の取り組みといった「自立活動」を中心に学習する子もいます。中には吸引等の医療的ケアを必要とするお子さんもいて、その中で私は重度重複障害のお子さんたちをメインに指導しています。
- 編集部
- 学校では、医療的なケアまで先生がされるのですか?
- 宮川
- はい。そこが通常の学校と全然違うところですね。教育という大きな枠に、福祉もあるし、医療もある。学校には医療的ケアをする看護師もいますが、研修を受けた教員も吸入や注入をしながら、学習する環境を整えています。色んなお子さんがいるからこそ、摂食介助学習もするし、筋膜リリースや呼吸介助の学習もする。そこは大学で学んでいないことなので、すごくギャップがありました。
- 郡司
- そうですよね。特別支援教育のニーズが増える一方で、教員養成が追いついていないのも国が抱えている課題です。現場と大学の学びをどうつないでいくかは、今後の教員養成で乗り越えていきたい課題ですね。
- 宮川
- あと、今年は、分掌業務として教育実習の介護体験の担当になりました。
- 編集部
- 介護等体験とは、どういうものですか?
- 郡司
- 平成10年4月に介護等体験法というのができて、義務教育に従事する教員は、教員の資質向上のために通常級に加えて特別支援や介護の実習もしようねということになりました。それで特別支援学校で、教員志望の学生は介護等体験の実習をするようになったんです。
- 編集部
- 何人ぐらいの学生を受け入れるのですか?
- 宮川
- 今回、うちの学校では15大学から300人ぐらいの学生を受け入れました。
- 郡司
- そんなに受け入れるんだ。大変だね。
- 宮川
- はい。それぞれの大学とやり取りをしますし、実習が終わったら介護等体験が終了した証明書を一人ひとりに発行します。他にも今は医療的ケアの実習で、看護学校の学生さんもうちに来ます。そう、今回初めて国士舘大学を受け入れることになったんですよ。なんかご縁を感じています。
- 編集部
- このお仕事をやっていて、よかったなと思うことはありますか?
- 宮川
- そうですね。私は特に学習するための環境設定を大事にしていて生徒に与える刺激量を考えながら授業をするんですけど。あ、この刺激、ちょっと多すぎたかなとか、この色じゃ見えないかなとか、調整しながら次の授業で実践してみたときに、生徒が「あーっ」と口を開けたり、手を伸ばしたりして応える瞬間があるんですね。そういうときは嬉しいし、この仕事の面白さを感じます。
- 郡司
- そこの部分は、通常学級でも根本は一緒だと思います。刺激に強い子もいれば弱い子もいるし、先生がひとこと言って感じる子もいれば全然響かない子もいます。ユニバーサルデザインという言葉がありますよね。授業のユニバーサルデザインというか、目指すところはそこですね。もちろん完璧な授業というものはないのですが、でも、だからこそ追究のしがいがあると私は思っていて、児童生徒が「分かった! できた! 楽しかった!」と言ってくれる場づくりができたときは、嬉しいですね。児童生徒達は素直に反応してくれるので。
今に生きる大学の学び
- 編集部
- 宮川さんは、なぜ国士舘大学の文学部に入ろうと思われたのですか?
- 宮川
- 私が国士舘大学を選んだのは、回し者みたいで恐縮なんですが、ドキュメント国士舘の村上先生のシティズンシップ教育の話を読んだからです。当時、Web原稿をプリントアウトして読んだことを覚えています。
- 編集部
- えー、そうなんですか。それは嬉しいですね。
- 宮川
- あの記事を読んで、教育学部に行けば教科指導に関する専門の知識は高められるだろうけど、こういう教科外の教育を学ぶなら国士舘だと思ったんですね。私はもともと不登校とか、そういう幅広い面での教育を学びたいと思っていたので、国士舘大学の文学部に入りたいと思いました。入学後も、村上先生の生涯教育とか、キャリア教育を含めた授業を取りましたが、すごく楽しかったです。
- 郡司
- 私も高大接続のイベントで、高校生と一緒に村上先生の授業を受けたことがあります。それこそ物の見方、社会の見方みたいなことを話されていて、村上先生は社会学的なところがご専門なので、すごく面白かったと感じました。
- 編集部
- 大学時代の学びで大変だったことはありますか?
- 宮川
- 大変だったのは、やっぱり卒業論文ですかね。先生の指導が厳しかったので(笑)。
- 編集部
- どこがどういうふうに厳しいんですか?
- 郡司
- 私が自分で指導していて思うのは、妥協しないところですね。学部生なんだからこの程度でいいよとは思わずに、お尻を叩いちゃうんですよ。大丈夫、あなたたちならできるよって言って。
- 宮川
- そうなんですよ。自分なりに主観的にも客観的にもさんざん考察した後に、さらに先生から追究が来るみたいな感じで(笑)。このやりとりを延々やっていた感じがします。
- 郡司
- やりとりが、一往復じゃ終わらないからね。普通は先生に出して、見てもらって、直して終わりみたいなイメージがあるとしたら、私のゼミはもう何十往復もするっていう感じで。
- 編集部
- 大学の学びで、今の仕事に役立っていると思うところはありますか?
- 宮川
- ゼミで学びやすい場づくりをやってきたので、それが役立っているように思います。子どもだけじゃなく、特別支援学校はチームで教えているので、大人同士の関わりも大事なんですよ。大人も授業に参加しやすい、これも大事だなと思っていて。いかに一緒に指導できる教員を増やせるか、先生方が参加しやすい授業って何かなということを考えるようになりました。
- 編集部
- それって教育や学校に限ったことではく、社会全体に共通する話ですよね。
- 郡司
- そうなんですよ。学ぶっていうと、なんか知識を得るというイメージがあるかもしれないですけど、人が成長する、発達するというものを総じて学びだとするならば、何かやってみたい、挑戦したいと思えること、その場づくりが先生の仕事だと思いますし、先生にならなくても、そういう場づくりのできる大人になって社会に出てほしいなと私は思っています。
- 編集部
- 宮川さんは、今後、やってみたいことはありますか? 夢とか。
- 宮川
- やりたいことはたくさんありますが、今いちばん関心があるのは、教材づくりですね。教材ひとつで、子どもたちがやってみたいって気になることを、今の仕事で感じているので。それと、刺激量も含めて、見せ方、感じ方の勉強をもっとしたいなと思います。おそらく私たちの認知はいろんな発達の中で育ってきたのだと思いますが、その認知を育てる側になったときに、そもそも人間の刺激の受け取り方ってどうやって発達するんだろうという部分を学ばないと、今の現場で活かしきれないなと感じています。
- 編集部
- そこは大学では学べないんですか?
- 郡司
- 発達心理学では学ぶんですけど、実態を見ていないので、やっぱり現場との乖離がありますね。座学の知識が現場とリンクしていないというか。そこは教員養成の課題ではあるなと思っています。
- 宮川
- 私はもう一度、大学に戻ってもいいなと思っているんです。いっぺん現場に出て学校や子供のリアルを知ってから学ぶと、すごくつながるんだなと思います。
- 郡司
- そうなんです。宮川さんがいた当時は、私は大学院の担当を持っていませんでしたが、去年から大学院も担当しているので、ぜひ、戻ってきてほしいなと思います。ほら、私、ドクターも教えられるから。ぜひ、戻ってきて(笑)。
- 宮川
- はい、考えておきます(笑)。
- 編集部
- 今日はすごくいい話をお伺いできました。ありがとうございました。
郡司 菜津美(GUNJI Natsumi)
国士舘大学 文学部 准教授
●博士(教育学)/東京学芸大学 大学院連合学校教育学研究科 博士課程修了
●宮川 亜実(MIYAGAWA Ami)
2018年度 文学部卒業生
都立特別支援学校勤務
掲載情報は、2026年3月のものです。










