国士舘大学政経学部の経済学科で学んだ江口さんは、現在、企業のプラントなどを建設する会社で事務職の仕事に就いています。大学時代、江口さんは貫名貴洋先生の指導のもとに経済統計学を学びました。ゼミの学びを通して身に付けた物事を多面的に見る思考のプロセスが、いまの仕事に役立っているといいます。大学での学びの様子や、それがどのような形でいまの自分に結び付いているかなど、懐かしい思い出話を交えながら、経済統計学の学びの魅力について語っていただきました。
経済統計学の学びとは
- 編集部
- 貫名先生にお伺いしますが、経済統計学とはどのような学問なのでしょうか。
- 貫名
- 経済統計学とは、さまざまな統計データを使って経済の諸問題を分析したり、そもそもそのデータがどういう成り立ちでできているのかを調べていったりする学問です。また分析の手法についても学ぶことができます。
- 編集部
- データの成り立ちとは、どういうことですか?
- 貫名
- たとえば消費者物価指数というものがありますよね。それがどのようにして作られているのか、またどのような調査によって、どういう計算方法を用いてデータが作成されているのかといったことですね。そして、そのような調査で得られるデータを用いて、経済がどういう状況にあるのかを分析していく、それが経済統計学です。
- 編集部
- 何か一つ具体的な例を挙げて、教えていただけますか?
- 貫名
- 私の研究例でご説明しましょう。今から10年ぐらい前ですが、出版業界で本が売れなくなったのは図書館で本を無料で貸し出すからではないかと言われたことがありました。そこで、「図書館の貸出冊数と本の売り上げには負の相関関係があるのか」という仮説を立て検証することにしました。実際に両者の統計データを入手して図書館の貸出冊数と本の売り上げにどのような関係があるのかを調べてみました。
- 編集部
- 結果はどうでしたか?
- 貫名
- 図書館の貸出冊数と本の売り上げには負の相関関係がないことが分かりました。それどころか、逆のことも分かりました。都道府県別の図書館の貸出冊数と本の売り上げを比較してみたのですが、そこに正の相関関係が出てきました。図書館の貸出冊数の多い都道府県ほど、本の売り上げが高かったんですね。2017年に出した論文ですが、かなり多くの人に読まれました。
- 編集部
- なるほど。統計データを用いて仮説を検証していくわけですね。ゼミでは、どのような授業を行っているのでしょうか。
- 貫名
- ゼミでは端末室のコンピュータで、さまざまな統計データの使い方を学生に学んでもらっています。エクセルというパソコンソフトの中にいろんな「分析ツール」が入っているので、それを使って統計の裏側にあるものを読み解いていきます。

- 江口
- 毎回、貫名先生がいろいろなデータを持ってきてくださって、先生とそれを一緒に読み取っていくのが楽しみでした。その流れで、最終的には自分で一つテーマを決めて、卒業論文を書きました。
卒業論文のテーマは「野球」
- 編集部
- 卒業論文は何をテーマに書いたのですか?
- 江口
- 好きなことをテーマにしていいと言われていたので、私はプロ野球の統計データを使って論文を書きました。
- 編集部
- 野球が好きだったんですね。
- 江口
- いえ、もともと野球にはそんなに興味はなく、サッカーの方が好きでした。
- 貫名
- え、そうなの? すっかりあなたは野球好きかと思っていたけれど(笑)。
- 江口
- そうなんです。いまもサッカーが結構好きで(笑)。
- 貫名
- あなたからサッカーの話なんか一度も聞いたことないよ。衝撃的だわ。
- 江口
- 野球は大学に入って から好きになったんです。
- 編集部
- 何かきっかけがあったのですか?
- 江口
- はい。1年生の秋ぐらいに、兄から野球のチケットが余っているから一緒に行かないかと言われて、初めて神宮球場に行きました。その日はたまたまユニフォームが無料で配られる日で、球場に入ったとたん、全員が緑色のユニフォームを着ていて、感動したんです。そこからですね、月に2、3回は野球を見に行くようになりました。自分はスワローズファンですが、兄がくれたチケットが東京ドームだったら、オレンジのユニフォームになっていたかもしれません(笑)。
- 編集部
- 面白いですね。それで、卒業論文のテーマは?
- 江口
- 論文は、「送りバント」の得点確率について書きました。ちょうど大谷翔平さんがアメリカに行ったぐらいのときで、僕自身、日米の野球の違いに興味がありました。日本は1番バッターが出塁すると、2番バッターがバントで送って、3番4番で返すみたいな野球が一般的でした。でも、アメリカは2番バッターがバントをしないんですね。打順も、1番から強い人順に並べていきます。そもそも送りバントって意味あるのかなと私は思っていたので、これを先生の統計学のやり方に当てはめて、論文を書いてみようと考えました。
- 貫名
- ノーアウト1塁でバントすべきかどうかという話は古くからあって、1979年に論文を書いた人がいるんですよ。元首相の鳩山由紀夫さんですが、彼が大学で研究者をしていたときにそういう論文を書いていて。それをいまのデータに当てはめたらどうなるんだろう、ということで江口さんは論文を書いたんだよね。
- 編集部
- で、結果はどうでしたか。興味あります。
- 江口
- 一応私の論文では、2番打者に送りバントをさせるのはセオリーではないということが分かりました。送りバントをしても得点が多くなるという結果は、統計では見られませんでした。
- 貫名
- この論文を書いたのは、うちでいうと菊池のバント数が多かった時代だよね。
- 編集部
- うちで、というと?
- 貫名
- あ、私は広島出身で、ずっと広島カープファンですから。菊池というのは、広島カープのセカンドの菊池涼介選手のことです。あと、確かこの時代は、栗山さんが日本ハムファイターズの監督だったよね。栗山さんはあまりバントをさせなかったんじゃないの。
- 江口
- いや、日本ハムが優勝した年は、2番に中島卓也選手がいて、たくさんバントをさせた年だったと思います。
- 貫名
- 2016年か(江口さんの卒業論文を参照しながら)。あ、本当だ。62犠打だもんね。むちゃくちゃバントさせているな。改めて読んでみると、この論文、面白いな。
- 江口
- けっこう面白いところを突けたのかなとは思っています。
- 貫名
- 野球のデータはNPBの公式ページで公開されていて、選手ごとの生涯成績を拾ってくることができます。江口さんの場合は、2016年の全球団の代表的な2番打者を調べていて、バントを決めた数がどれくらいあるのか、それに対して個人成績やチーム順位は高かったのか、低かったのか、ということを調べていますね。
- 編集部
- 江口さんは、そもそもなぜ国士舘大学の政経学部に入ろうと思ったのですか?
- 江口
- まず国士舘大学を選んだのは、理系も含めて7学部あり、いろんな先生や学生がいるところが魅力に思えたからです。政経学部を選んだのは、幅広い就職の可能性があると感じていたからですね。私は大学で学びながら、将来の進路を考えたいと思っていたので。それと、政経学部は1年生のときからゼミに入れるので、それもいいなと思いました。
- 貫名
- 1年次に初年次ゼミナールがあり、2年次に基礎ゼミ、3年次・4年次に専門ゼミと、入学から卒業まで、ゼミを通して一貫して学生を見ていこうという体制が政経学部にはあります。
- 編集部
- 貫名先生の経済統計学のゼミを選んだのは、なぜですか?
- 江口
- 貫名先生のゼミを選んだのは、チャレンジしたかったからですね。
- 編集部
- チャレンジですか? 何にチャレンジ?
- 江口
- 専門ゼミは3年から選択するのですが、ちょうどその年に貫名先生が国士舘大学に赴任されたばかりで。先生もゼミ生も1年目の新しいゼミなので、そこにチャレンジしてみたくなりました。もちろん、経済統計学に興味があったということもありますが。
- 編集部
- で、実際にゼミに入ってみて、いかがでしたか?
- 江口
- ものすごく明るい先生で、このゼミにしてよかったなと思いました。さっき先生がおっしゃった図書館の貸出冊数の話も、よく覚えています。毎回先生がいろんなデータを持ってきてくださって、ああでもない、こうでもないと、一緒にデータを読み解いていくのが楽しかったです。
- 編集部
- 江口さんは、どんな学生さんでしたか?
- 貫名
- 見たとおりのまじめな好青年で、私も国士舘大学に赴任してきたばかりで、他の学生たちもどういう感じなのかなと手探りの状態でしたが、江口さんとは最初からお互いに話しやすい感じでしたね。
- 江口
- そうですね。ゼミとは関係なく、研究室に行って2時間ぐらい先生とおしゃべりしたこともありますね。もちろん卒論の話もしますけど、雑談もよくしました。当時カープが強かった時代なので。
統計学の学びを選んだ理由
- 貫名
- そうそう、卒業論文の話をしているんだけど、いつのまにか野球の話で盛りあがってたりしたね(笑)。
- 編集部
- 先生は、指導教員として厳しい方でしたか?
- 江口
- いえいえ、全然(笑)。ゼミでは好きなことをやらせてもらえました。学生との距離が近くて、こう言っては失礼ですが、中には友だち感覚でいた学生もいたんじゃないかな。それほど壁を感じない先生でした。
- 編集部
- 何か、大学時代の思い出みたいなものはありますか?
- 江口
- 思い出といえば、ゼミ旅行ですかね。
- 貫名
- ゼミ旅行は3年生の秋ですね。2泊3日で広島に行きました。
- 編集部
- ゼミ旅行では、どんなことをしたのですか?
- 江口
- 先生が以前に所属されていた広島の大学のゼミ生たちと交流して、夜はその人たちと一緒に親睦会をしました。あと、まん中の日は地域のお祭りの「横川ゾンビナイト」に参加しました。
- 編集部
- ゾンビナイト!?
- 貫名
- 広島の横川という街で毎年やっています。ハロウィーンのときに、ただの仮装じゃ面白くないから、全員がゾンビになって集まろうというイベントです。私が横川商店街の活性化に長年取り組んでいたもので、東京から学生を連れていくよといったら、大歓迎されました。
- 貫名
- 他には安芸の宮島とか、原爆ドームや平和記念資料館にも行きましたね。
八潮市社会連携プレゼンテーション大会
- 編集部
- 政経学部のゼミは、毎年八潮市で開かれる社会連携プレゼンテーション大会に参加していますよね。江口さんも参加されたのですか?
- 貫名
- 江口さんのときはまだ私が赴任して初年度だったので、参加しませんでした。その後は私のゼミも参加するようになり、昨年は最優秀賞をいただきました。
- 編集部
- 最優秀賞とはすごいですね。これはどのような取り組みなのですか?
- 貫名
- 2017年に本学と埼玉県の八潮市との間で包括連携協定を結び、翌年から「社会連携プロジェクト」という名でスタートしました。政経学部と行政がタッグを組んで、社会連携を行うための政策提言プレゼンテーション大会を毎年実施しています。行政や地元商店などの現場に学生が出ていって、課題を見つけ、それに対する解決策を提案するコンテストです。
- 編集部
- この大会には、政経学部の全ゼミが参加するのですか?
- 貫名
- いえ、手を挙げたゼミだけが参加します。去年は政経学部の12ゼミが参加しましたが、八潮で開かれるプレゼンテーション大会に進めたのは6ゼミでした。
- 編集部
- ということは、学内で予選があるということですね。
- 貫名
- はい。本大会前に学内で中間報告会を開き、八潮市で開催されるプレゼンテーション大会に出場するゼミを選出します。ただ、うちのゼミでは予選の予選があって、中間報告会に参加するグループをゼミ生の投票で選ぶようにしています。
- 編集部
- 予選のための予選ですか。なぜそんなことを?
- 貫名
- ゼミ生は毎年20人ほどいるのですが、全員で取り組むとどうしても陰に隠れてしまう学生が出てしまいます。私はみんなに主役になってほしいから、20名を5名ずつの4グループに分けて、まずはゼミ内でプレゼンテーション大会を実施し、ゼミを代表するグループを選出します。これはゼミ生たちの投票によって決まります。みんなそれぞれが一人ずつ役割を持ってほしいという思いがあるからです。
- 編集部
- ゼミ内の発表会で勝ち抜いたグループが、学内の中間報告会に出場できるわけですね。
- 貫名
- そうです。ゼミ内で予選をやるメリットは、みんなが自分ごととして取り組めるところにあります。勝ち残って代表になったグループの発表を、他のゼミ生がみんなで意見を出し合ってブラッシュアップしていきます。そうすることで、より高い完成度で中間報告会や本大会のプレゼンテーションに臨むことができます。
- 編集部
- それで、去年は最優秀賞だったわけですね。学生はどんなテーマでプレゼンしたのですか?
- 貫名
- 去年の八潮市から出たお題が「地場産業と地域経済」でした。学生たちは八潮市がベッドタウンで、昼間人口と夜間人口の差が大きいことに目を付けて、地元企業が防災にどのような役割を持てるかということをテーマに掲げました。地域に住んでいる消防団や自警団の人たちは、昼間働きに出ていて地元にいないからです。
- 編集部
- なるほど。そうなると災害時に手薄になりますね。
- 貫名
- そこで学生たちは、地元にある企業と介護施設や幼稚園などと連携を取って、地元企業が社会貢献として防災に取り組んだらどうだろうという提案を市に対して行いました。昼間と夜間の人口を調べたり、市が持っているデータから要介護の人数を割り出したりして、自分たちでマークやデザインまで考えて、プレゼンテーションに臨みました。
社会で活きる大学の学び
- 編集部
- 江口さんは社会に出て4年ほど経ちますよね。いまはどんな会社で、どのような仕事をなさっているのですか?
- 江口
- 田辺工業株式会社という企業のプラントを建設している会社で、事務系の仕事をしています。
- 編集部
- なぜその会社に就職したいと思ったのですか?
- 江口
- 理由の一つは私が新潟の出身で、この会社も本社が新潟なので、いいなと思ったことです。もう一つは大きな規模の会社で働いてみたいと思っていたこともあります。田辺工業はBtoBの会社で、一般の人にはあまり知られていませんが、プラント建設では大手です。もともと自分は裏側にまわって人の役に立つみたいなことが好きで、この会社も表には出ないけれど、裏で社会を支えている存在なんです。事務課といういまの部署も、裏方で人を支える職種なので、自分には合っていると思います。
- 編集部
- 仕事をやっていて、やりがいを感じることはありますか?
- 江口
- 人から感謝されたときに感じますね。会社はプラントの建設やメンテナンスを仕事にしていますが、外注先にお金を支払ったり、ネジとか配管とかの部材を購入するときの原価管理や請求の処理など、私が所属している部署は経理から総務まで、幅広く事務仕事に対応しています。そういうときに現場の人から「書類ありがとね」などと言われると、やりがいを感じますね。
- 編集部
- 実際に社会に出て、ここが学生時代と違って難しいなと思うことはありますか?
- 江口
- 学生時代は同年代との付きあいがほとんどでしたが、社会に出ると上から下まで、幅広い年齢の人と関わるようになります。現場にはいろんな人がいるので、相手によって接し方を変えなければなりません。人と人の関わり方には正解がないので、そこが難しいなと感じています。
- 編集部
- 大学時代の学びで、いまの自分に役立っていると思うことはありますか?
- 江口
- 経済統計学の学びは、グラフや数式だけを見ていると難しく思えますが、でもデータの背後にあることを先生から伺いながら見ていくと、数字や図面では分からなかったことが見えてきます。自分が見ているものは一面でしかなく、他の人の意見を聞くことによって多面的に物事が見られるようになります。そういう多面的な物事の見方や思考のプロセスが、社会人になって役立っていると感じます。
- 編集部
- 経済統計学と聞くと、なんとなく無機質なものに思えますが、その背後には人間の営みがあるということですね。
- 貫名
- アルフレッド・マーシャルというイギリスの経済学者が、経済を志す人間は「Cool Heads but Warm Hearts」という気持ちを持てと言っています。しっかり分析できるクールな頭脳と、その裏に温かい心を持っていないとダメという意味です。経済の中心には必ず人がいて、その人々をどうやったら幸せに豊かにできるかという、思想とか哲学的な部分を忘れてはならないのですね。私は毎年これを必ず学生に伝えています。
- 編集部
- 最後にお訊きします。先生はどういう学生に学びに来てほしいとお考えですか。
- 貫名
- 明るく楽しく元気よくというのが基本だと思いますが、その上で、自分の好きなものや得意なものを伸ばしてみたい人に来てほしいですね。何でもいいんです。野球、サッカー、アニメやゲームでもいい。とにかく中学や高校で夢中になった好きなこと、得意なことを伸ばして、自分の強みにしてほしい。他人を幸せに豊かにすることも大事だけれど、自分が世の中で幸せに豊かに生きていくための道しるべになるもの、それを意識できる学びが経済学の中にあると私は思っています。
- 編集部
- 興味深いお話をありがとうございました。
貫名 貴洋(KANMEI Takahiro)
国士舘大学 政経学部 経済学科 教授
●博士(経済学)/広島大学 社会科学研究科 社会経済システム専攻 博士課程修了
江口 綾人(EGUCHI Ayato)
2020年度 経済学部卒業
田辺工業株式会社勤務
掲載情報は、2025年10月のものです。










