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アメリカ地域研究 第3回 アメリカ人の宗教観 -vol.2-

アメリカ地域研究 第3回 アメリカ人の宗教観 -vol.2-

世界の主要な両国関係で、「日本とアメリカほど異なった国民性を持つ2国間関係はない」と云われています。また、『文明の衝突』を著した故サミュエル・ハンティントンは日本をして「一国のみで成立する孤立文明」と規定しました。“おくりびと”がアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。世界は日本独特の宗教観に注目しています。ところで、我々日本人はそのことをどれだけ意識しているのでしょうか? 皆さんは「自分は神を信じない。無宗教だ!」と決めつけていませんか? ここでは日本人の心の奥底に脈打つ無意識の宗教観を引き出してみます。そのことによって、宗教を大切にするアメリカ人の一端が理解できるかもしれません。

日本人の死生観

-神道、仏教、儒教を使い分ける民族-

私たち日本人は宗教をどう捉えているでしょうか? 日本人は穢(ケガレ)を非常に気にする民族です。例えば、日本人は割り箸を好んで使いますが、これは始めて使うものはケガレのないものだからです。この考えは神道によるものです。
また、「○○家末代を汚す」とか、「末代までの恥」などといいますが、この発想は儒教によるものです。五常(仁、義、礼、智、信)という徳を持って、五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持するという教えです。つまり、自分を相対化し、先祖や子孫のことを考えて正しい行動をしていくというものです。また、仏教ではすべての行いは自分に返ってくる。つまり因果応報(カルマ)であり、輪廻転生です。だからいつも善い行いをしようと教えるわけです。
これら神道、儒教、仏教の考えがミックスして、我々日本人の心(DNA?)に染みついています。共通することは、現世で善い行いをしようということです。いつも善い行いをしていれば、怨みも買わず、ご先祖にも申し訳がつき、生まれ変わってもまた人間として正しく生きられるということです。これらが日本人の道徳観を形成しています。

日本人の宗教観

なぜ日本人はこのように複雑な生死観、宗教観を持つようになったのでしょうか? 
日本人は地理的環境から“村社会”=定住を強いられてきました。そのため、最高の美徳は「和」です。つまり、何事もケンカをしないで、仲よくするという精神が根本にあるためです。日本を「大和(大きな和)の国」と呼んだように……。
宗教も同じです。日本には「八百萬(やおよろず=無数)の神」がいるとされます。神様が沢山いても何らいざこざを起こさない。むしろ、積極的に受け入れてきたいのです。
その結果、「祭り神道、葬式仏教」という独特の文化が生まれました。すなわち七五三・結婚式は神道、披露宴はキリスト教、バレンタインデー、クリスマスはキリスト教、お寺は仏教、「先祖代々之墓」は儒教といった具合です。何でも受け入れてきました。各宗教間に壁を作らない。むしろ、非常にうまく宗教を融合してきた民族です。
これは世界的に見ても唯一の宗教観といってよいでしょう。良く言えば寛容な民族ですが、不節操ともいえます。ある意味では、無知と言ってもよいかもしれません。日本人はすべて形で捉えようとする性癖があります。本当の中身、本質を知ろうとはしないのです。このことを、他国に当てはめてはいけません。危険過ぎます。

日本人と個人主義(自由)

良くも悪くも日本人には個人主義はありえないでしょう。アメリカでは神との対面、繋がりが個を作り上げています。それぞれが神に対して責任をもって行動をする個人主義です。
大抵の日本人に問えば、家族のため、恋人のため、子供のため、または会社のためと「和」をもって己を考えているのではないでしょうか? または個人主義といっても、宗教的背景としての義務の概念を欠く日本人の個は、己の勝手。つまり自分勝手の個人主義(放縦)に陥る危険性があります。アメリカのように神に授かった自由のために生きるという考えから起こった個人主義とは違うからです。
こういった違いを改めて理解したうえで、日米の違いを比較してみましょう! 多くの日本人は日常生活における慣習として受け入れていても、宗教と正面から向き合おうとはしません。しかしながら、この感覚をアメリカ人に当てはめてはいけません。とんだ失敗を招きます。アメリカを知るためには、彼らの価値観・道徳観、そして共同体の絆を成している宗教への理解は欠かせないものなのです。

歴史は作られる。真実を見極めていくには……

佐藤教授は、「歴史は作られるものだ」と常に学生たちに伝えています。自分の好きな時代だけ抜き出して紡いでみても、そこからは正しいものは見えてこない。問題はいかに作られた歴史を偏見なく、綿々とさかのぼって紡いでいけるかということです。その時初めて真実が見えてくることもあります。いつも客観的に歴史の流れを捉え、そこから見えてくる考えを提示していくことが重要となってくるのです。


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