大学ホームページ 入試情報

グローバルナビゲーション


現在閲覧中のページ

ホーム > 授業ルポ > 地理・環境専攻 > 農村空間と社会 vol.1


ここから本文です

授業ルポ

地理・環境専攻

農村空間と社会

農村空間と社会 vol.1

日本で行われている農業を中心に、農村社会が持つ経済的、社会的特徴について学ぶ選択科目。ビデオ、DVDなどの視聴覚教材や講師が入手した資料などを使用しながら、ふだん農業に触れることが少ない学生でも農村を身近に感じられるような講義を展開している。

米の生産過剰と進む米離れ

この日の講義テーマは、私たち日本人が主食とする米の生産過剰問題である。宮地講師は、さっそくプリントを配り、米の生産量と消費量に関する現状と歴史について解説を始めた。
「日本の米生産量は、1960年代後半の年間約1,400万トンがピークであり、この頃からすでに生産過剰状態にありました。その後、一人当たりの米消費量も減っていき、1960年代に年間120キロ、つまり約2俵近くあったものが、2000年には約半分に減っています。ところで、この中で朝食にお米を食べている人はどれくらいいますか?」
この問いかけに手を挙げたのは受講する学生の3割程度。夕食にお米を食べている学生も6割程度で、この教室でも米離れの現実が明らかに。ちなみに、宮地講師の奥さんもパン派で「私が朝食にごはんを食べたいと言ったら『自分で炊いてね』と言われてしまいました」と苦笑い。ともあれ、こうした米離れ=消費量の減少が米の在庫量増加につながり、生産過剰問題を引き起こしているのである。

日本の水稲作は政府が支えていた

そもそも、数ある農産物の中で米だけが余剰傾向にあるのは、1942年に施行された食糧管理制度によるところが大きい。この制度は、生産された米の全量を政府が買い取るというもので、消費者米価よりも高い価格で買い取りが行われていたため、政府は食糧管理会計=税金でその差額を補てんしていた。しかし、余剰米が増えると保管する倉庫での管理費などもかさむことになる。
「こうした食糧管理会計の赤字幅が増大してきたのが1960年代後半から。そこで、在庫を減らすために、1970年から米の生産調整、いわゆる減反政策が行われました。また、1969年からは、政府が関与しないで流通させる自主流通米制度も始まっています」

水稲作農家は兼業農家が多い

減反や自主流通米政策が始まると、米農家も変化しはじめた。
「農業の中で米生産の割合が高い地域はどこ?」宮地講師の問いかけに、学生はプリントから資料を探し出し「東北地方と北陸地方です」と答える。「では、この地域の専業農家率の変化を見てみましょう」
1968年と’96年の専業農家率の変化を示した資料によると、専業農家率は北海道や南九州で高く、東北と北陸地方では低いことが分かる。しかも東北・北陸地方では、減反政策の影響か、約30年の間に専業農家率が大きく低下している。「米生産の盛んな地域と兼業農家率が高い地域が一致することから、水稲作農家には兼業農家が多いことが推測できます」と宮地講師は解説する。

講義情報

この講義の担当は…
宮地 忠幸
この講義の関連情報
シラバス「農村空間と社会(対象:文学部2年)