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授業ルポ

現在の中国に多大なる影響を及ぼしている中国最後の王朝“清”。それは、政治、社会、文化の中に、さまざまな形で見て取れる。また、特殊な支配構造の問題や異文化接触の問題等を取り上げて考察していく。

清朝の統治は一体どのようなシステムだったのだろう。
「清朝の最大領土は、世界史を考える上で重要な5つの民族・文化エリア、つまり、中国、ツングース(現在の中国東北部)、チベット、ウイグル、モンゴルという5つの異文化エリア世界が併存してできあがっています。ただ、経済の中心になっていたのは、北緯40度から南、東経100度から東を主体とする中華世界。そして、このエリアと東北部のエリアだけに、清朝は地方行政単位としての“省”を置いていました。 “省”を置くということは、「直接統治」を意味します。“省”以外のところ、つまり清朝が新たに自分の領土に入れた広いエリアには “藩部”を置いたわけですが、ここでは「間接統治」が行われました。この「直接統治」と「間接統治」とでシステムの大きな違いが出るのです。これが清朝の大きな特色ですし、領土に関する大きな特色でもあるのです」。その大きな違いとは?
「例えば、かつて明の領土における主体であった中国内地と藩部とでは税に関するシステムが大きく異なっていました。ところで現在の中国でも、直接的な行政区分の中に置いているのは、かつて清が“省”を置いていたところだけといえます。もちろん例外もありますが、「清朝のシステム」をほぼそのまま(←99%、清をそのまま)受け継いでいます。そして、清が間接統治に置いていた“藩部”に、現在は概ね“自治区”を置いています。現在も間接的な行政になっているわけです。ということは、今の中国、極言することが許されるならば清朝のシステムとあまり変わっていないともいえることになります」。この部分が重要だと石橋教授。

「今の中国とほとんど変わっていないともいえるにもかかわらず、清朝の時代にはこれだけの異民族をたくさん抱えていても、民族問題の状況が現在の場合とは全く異なっています。なぜ現在の中国における民族問題の状況とは異なっていたのでしょうか」。
清朝では政治の中心にいたのが、北アジア世界の人間であったことに大きな違いがあったのではないかと話す。ここで、講義の冒頭に話された“ハーンの立場”と“皇帝の立場”が重要になってくる。

授業後半では、いかに清朝の異民族統治政策が優れていたか、その手法や方法論をより深く考察していく。
「現在の中国でうまくいっていないと思える点が、清朝ではうまくいっていたともいえる特徴があります。言い換えれば、清朝の皇帝は統治のシステムに対してどのような気配りをしていたのでしょうか?」ここで民族の特性を知ることが重要になってくる。
「中華世界の人々は、中華世界の外に住む人々について、どうしても理解しにくいところがあるわけです。そのことが、これからの講義における大きな課題になってきます。台湾の問題も、ウイグルの問題も、チベットの問題も、モンゴルの問題も、東北部の問題も、全て清朝の時代から続いてきたといえる点があります。こうした歴史の流れを受けて“清朝”を考えてもらいたいのです…」と石橋教授。
中国最後の王朝“清”の登場は、「世界の一体化」と重なる激動の17世紀から20世紀。「“清朝”がわかれば中国がわかる」と言われるほど、現在の中国に与えた影響は数知れず。石橋教授ご自身のユニークなエピソードも織り込まれた濃密な講義には、世界史の教科書類ではあまり触れられることのない歴史の捉え方やエピソードが満ち溢れている。