ここから本文です
それには、人が文明を築くよりももっとずっと前、およそ1億年前(白亜紀)頃の出来事が関係しています。その頃、今の西南日本にあたる地域の地下でマグマが盛んに活動しました。マグマとは融けた岩石のことで、地表に出てくれば溶岩と呼ばれるものです。地下深く、地表よりもずっと高温の場所で融けたマグマは、周囲の固体の岩石よりもずっと速く動けるので、熱いまま地表付近まで上がってくることができます。そのマグマに接してしまった地表の岩石は、高温で焼かれるように変質します。その変質のことを一般に「再結晶」と呼びます。
石灰岩が再結晶すると、岩石の中のひとつひとつの結晶が大きくなります(石灰岩は炭酸カルシウムの結晶がたくさん集まってできています)。このように再結晶した石灰岩が、いわゆる大理石です。岩石はみなそうですが、結晶が細かいと黒っぽく見え、結晶が大きくなるほど白っぽく、あるいはその結晶そのもののきれいな色が見えやすくなります。炭酸カルシウムの結晶は本来無色透明で、その大きな結晶が集まった大理石は、不純物が少なければほぼ純白になります。

つまり、もともとは普通の石灰岩の巨大な塊だったものが、1億年前のマグマの作用でほぼ全体が再結晶し、大理石になったのが平尾台です。千仏鍾乳洞の青白いトンネルの中を歩くと、まるで異世界に来たような気持ちになりますが(写真6)、地下深いマグマの作用が関係しているのですから、当然といえば当然かもしれません。
でもちょっと待ってください。そもそも、石灰岩の巨大な塊がここにあったのはなぜでしょう?
それに答えるためには、時代をさらに遡る必要があります。平尾台をつくっている石灰岩の塊は、数億年前には珊瑚礁でした。「礁性石灰岩」と呼ばれるそのような石灰岩の台地が日本列島にはいくつかあり、山口県の秋吉台も有名です。なぜ珊瑚礁が日本列島のあちこちにあるのでしょうか。それも、海沿いではなく、陸地の真ん中に。
それは、おおざっぱに言うと、海洋底に載って移動してきた堆積物の寄せ集めで日本列島ができたからです。
平尾台を含む帯状の地域は、今から3億年近く前のペルム紀という時代に、アジア大陸の東端に付け加えられたとされています。その頃も現在も、地球表面では「プレートテクトニクス」という作用が働いていて、大陸が動いたり、合体したり分裂したりし続けています。アジア大陸の東端では、南方から移動してきた海洋底が大陸の下にどんどん沈み込んでいました。
でも、海洋底の上に載った砂などの堆積物や、海山のように突き出た部分は、沈み込みきれずに大陸の東端に残ってしまいます。もし海山の頂上に珊瑚礁があったら、おそらく珊瑚礁がまるごと大陸の端に残されるでしょう。日本にある礁性石灰岩の塊は、そのようにして地表に残された珊瑚礁だと考えられています。

礁性石灰岩だけでなく、日本列島の大部分が、そのようにプレートの沈み込みに伴って大陸端に押しつけられて残ってしまった堆積物からできているのです。遠くから来たものも近くから来たものも、いろいろとごちゃまぜになっています。だから、その中のところどころに珊瑚礁が残っていたとしても、何ら不思議はありませんね。
vol.1の冒頭で紹介した焼酎のラベルには「三億年の夢」とありますが(写真7)、こういう理由です。平尾台の歴史は、地球という惑星全体の営みが、どのようにして日本列島を作り出したかを私達に教えてくれているのです。
理工学部ホームページでは、講義やゼミの様子をリアルタイムで配信する「クラスレポート」や、学びのコラムの著者である教員を紹介する「教員紹介」などの学部に関する学びの情報が盛りだくさんです。
〒154-8515 東京都世田谷区世田谷4-28-1 電話:03-5481-3111
Copyright(C)2008-2009 Kokushikan University, All Rights Reserved.