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文学部 学びのコラム

幼保一元化について

2010年05月21日

幼保一元化について

 幼保一元化とは幼稚園と保育所を一つにすることです。幼保一体化という言葉も使われますが、管轄を一つにするという意味で一元化という言葉が適切だと思います。
現在の日本では、幼稚園は文部科学省所管の教育施設、保育所は厚生労働省所管の福祉施設です。同年齢の子どもに同じ教育・保育を受ける機会を与えるために両者を統一しようという動きは数十年来あるのですが、未だに実現していません。

実現しない理由として、両省が既得権益を離さないからだとよく言われます。が、それだけでもないようです。幼稚園・保育所それぞれにも、従来のあり方を変更し難いとする向きもありそうですし、背景に政治や政治家も絡んでいるようです。地方自治体も国からの指令待ちで主体的に考えてきていないところもあるでしょう。
 現在の日本は未曾有の少子化社会であり、幼稚園は定員割れが珍しくなく、廃園の話も聞きます。一方、保育所には相変わらず数万人とも数十万人ともいわれる待機児童がいます。保育所に入りたくても空きがない子どもたちです。女性の社会進出と軌を一にする事柄ですのに対応は後手に回ってきました。幼稚園と保育所が同じ機能を持てば、随分待機児童問題は解消するはずです。

 国は2006年から認定こども園を始めました。これは両園を統合したような保育施設であり、子育て支援や地域連携も含み、従来の幼稚園・保育園からの転身も可能ですが、あまり増加していません。理由は、新たに三元化ともいうべき形をとったことだと言われます。補助金のルートも複雑化し、事務処理負担も倍増して、現場はあまりメリットを感じていません。それを承知で、このような施設設計でお茶を濁し、一元化を先送りした当事者責任はもっと追求されて然るべきでしょう。

諸外国を見ても、いわゆる先進国では保育施設に関して大体実験は済んだという印象です。結論は教育機能と保護機能を備えて幼児期全体を視野に入れた一元化施設です。
 このように縦割り行政が現実問題の解決を阻害しているような場面は、政治の力技の見せどころですのに、政権交代による事態打開も期待はずれです。
実は保育施設に関する要望は地域差が大きいのです。保育の分野に関しては特に中央が取り仕切って地方に指令を出すという形が破綻しています。状況が各地で異なるからです。国の指令待ちではなく、その地に合った一元化施設を提供して現実問題に対処していくことを自治体が積極的にやるべきですし、現に、そのような自治体があちこちで出てきていて、首長の力量がよく見える状況です。保育施設問題は地方分権や地域主権がよく似合う問題なのです。

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鶴岡八幡宮の伝承と史実 -大銀杏を偲ぶ-
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 2010年3月10日に鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れました。神奈川県指定の天然記念物であり、鶴岡八幡宮の神木として広く認められていた大銀杏が姿を消したのは、誠にいたましいことです。
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なぜ日本人は旅行をして疲れてしまうのかvol.2
2010年01月05日
仕事としての観光???
 こうした日本人の行動は、観光地へ行った時にどの観光スポットを巡るかという問題とも連動しています。つまり手許の観光ガイドに写真付きで紹介されている観光スポット(いわば旅行ガイドによって「権威づけられた」、そこへ行ったのなら「当然見ておくべき」モノ)を押さえることで、とりあえず観光すべき場所はしっかり廻った、観光の義務は果たした、という感覚でしょうか。この義務を果たした、という感覚、一仕事終わったという感覚と似ていませんか。
コラム:文
なぜ日本人は旅行をして疲れてしまうのかvol.1
2009年12月21日

 よく、「休日なので気晴らしに旅行に行ったら、かえって疲れてしまった」という声を聞きます。私自身が直接聞いたわけではありませんが、テレビ番組などでレポーターが調査をすると、少なからぬ人が、疲れた疲れた、と言っているので、本当に疲れてしまう人が結構な数いるのでしょう。
 かつて私が20-30代の頃行っていたような、宿屋に泊まるのは6日に1日だけ、残りの5日は列車の座席で車中泊、早朝4時から歩いて市内観光を始め、朝食抜きで次の都市へ移動、昼食のパンをかじりながらやはり歩いて市内観光、さらに夕方から夜にかけてもう1都市見て、その日の夜行でまた移動、1日の歩行距離はざっと30㎞以上、というような無茶苦茶な旅ですと、たしかに「疲れる」のもやむを得ないわけですが(私はこれで毎回1か月で15㎏以上痩せました。そのたびに半月で元に戻りましたけど)、普通に電車やバスに乗り、ゆっくりと食事もいただき、適度に休みながら適度に観光地を巡って、遅くならないうちに帰路につくという、天使のような行程でも「疲れた」というのは、よく考えると不思議なことです。もともと仕事で疲れた心や体をリフレッシュするために気張らし(=余暇)があるのでしょうから、これでは本末転倒と言わざるを得ません。

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