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文学部 学びのコラム

なぜ日本人は旅行をして疲れてしまうのかvol.1

2009年12月21日

 よく、「休日なので気晴らしに旅行に行ったら、かえって疲れてしまった」という声を聞きます。私自身が直接聞いたわけではありませんが、テレビ番組などでレポーターが調査をすると、少なからぬ人が、疲れた疲れた、と言っているので、本当に疲れてしまう人が結構な数いるのでしょう。
 かつて私が20-30代の頃行っていたような、宿屋に泊まるのは6日に1日だけ、残りの5日は列車の座席で車中泊、早朝4時から歩いて市内観光を始め、朝食抜きで次の都市へ移動、昼食のパンをかじりながらやはり歩いて市内観光、さらに夕方から夜にかけてもう1都市見て、その日の夜行でまた移動、1日の歩行距離はざっと30㎞以上、というような無茶苦茶な旅ですと、たしかに「疲れる」のもやむを得ないわけですが(私はこれで毎回1か月で15㎏以上痩せました。そのたびに半月で元に戻りましたけど)、普通に電車やバスに乗り、ゆっくりと食事もいただき、適度に休みながら適度に観光地を巡って、遅くならないうちに帰路につくという、天使のような行程でも「疲れた」というのは、よく考えると不思議なことです。もともと仕事で疲れた心や体をリフレッシュするために気張らし(=余暇)があるのでしょうから、これでは本末転倒と言わざるを得ません。

「旅」をしたいと思う理由:旅の本質とは

そもそも人が「旅」をしたいと思う理由は、大きく分けて二つあると考えられます。一つは「未知のもの」を知りたい、体験したいという欲求に基づくもの。これを突き詰めると、南極を徒歩で横断したり、アマゾン川をカヌーで下ったりする、いわゆる探検や冒険に行き着きます。
 もう一つは「有名なもの」を直接見てみたい、確認したいという欲求に基づくもので、あの有名なパリのエッフェル塔が見てみたいとか、近頃評判の行列のできるラーメン屋のラーメンを食べてみたいだとか、すでに他人やマスコミによって明らかにされた情報を自分で後追いする、いわば事実の確認作業のようなものです。
 もちろんこれら二つの欲求というのは誰にでも共存しうるわけで、実際の「旅」はこうした探検・冒険と単なる確認作業の中間にあると考えられます。つまり「旅」とは、「未知の場所」の発見と「既知の場所」の再確認という、一見矛盾する二つの要素を同時に含んでいるわけです。別の言い方をすると、旅とは場所イメージの発見と再確認を求めて行われるものだ、と言うことができるでしょう。
 ただし、みなさんすでにお気づきのように、前者すなわち探検や冒険は不安や危険と隣り合わせであり、無事に帰ってくるためには綿密な計画や周到な準備が必要なのに対し、後者の確認作業は、その対象が有名であればあるほど、往々にしてラクな作業になりがちです。なにしろ、どこに行くか・どうやっていくか・何をするかなど、すでに他人の手によって明らかにされていることを後追いするだけでいいのですから。「パリ一日観光:エッフェル塔・凱旋門・ルーブル美術館を巡る」などという、ステレオタイプ(画一的)な観光ツアーはその典型でしょう。実際のところ世の中の大部分の人が行っている「旅」には、「未知の場所の発見」という成分が少なく、限りなく「既知の場所の再確認」に偏った、単なる観光旅行いや確認旅行になっている観があります。
 しかし、「知っている場所」へ「行って」「見てくる」だけの確認旅行では、「未知のもの」に触れた時に感じる新鮮な発見とか驚きとか、あるいは感動とかを得ることは難しいでしょう。

日本製の旅行ガイドブック

 街の書店に行けば、旅行関係の雑誌や本があふれかえっています。日本にいると気付かないことですが、これほどまでに旅行ガイドブックの類が氾濫している国は、日本のほかには知りません。それほどに日本人は旅行好きだということなのでしょうか。しかも旅行の際に旅行ガイドを携行しているのも日本人の特徴です。たしかに国内でも観光地へ行くと、観光客が旅行ガイドを手に観光名所を廻っているのをよく目にします。海外へ行けばなおさらです。
 たしかに旅をする上で旅行ガイドブックはたいへん役に立ちます。とくに事前に旅の計画を立てる際に、そもそもどこに何があるのか、その観光地にはどれくらいの見所があるのかなど、旅のルートや日程を決める際にはまず必要な情報になります。ただし、そういう観点からすると、日本で出版されている旅行ガイドブックは決して優れているとは言えません。とくに個人旅行者にとってはそうです。


それは欧米で刊行されている「lonely planet」や「le guide michelin」といった旅行ガイドブックと比較してみれば一目瞭然です。欧米のガイドブックがほとんどモノクロページで地図以外は文字だけで(しかも字が細かい)構成されているのに対し(写真1)、日本のそれではページの半分以上はカラー写真でおおわれています(写真2)。しかもよく見ると、これら多数のカラー写真は、それぞれ観光スポットや見所などの映像です。つまりエッフェル塔を紹介した文章の隣にはエッフェル塔の写真が、タージマハルを紹介した文章の隣にはタージマハルの写真があるわけなのですが、よくよく考えるとこれは不思議なことです。
 なぜなら、この旅行ガイドブックはおそらくこれを携行してそれらの観光地へ行く人を想定して作られているのでしょうから、パリへ旅行する人はいずれ本物のエッフェル塔を見ることになるでしょうし、同様にアーグラーへ旅行する人は本物のタージマハルを見ることになるからです。どうせ本物を見るのに、なぜ事前に写真を載せる必要があるのでしょうか。欧米の旅行ガイドブックに観光スポットの写真が掲載されないのは、おそらくそういう理屈からだと思います。どうせ自分の目で見ることになる映像を載せるスペースがあるなら、その観光スポットについての歴史なり見所なりといった他の必要な文字情報を充実させるべきということなのでしょう。

 しかし、日本の旅行ガイドブックにこの理屈は通用しません。書店に行けば大小高低さまざまなガイドブックがいっぱい並んでいますが、観光スポットの紹介文の隣にその写真が載っているというスタイルは、ほとんど全ての観光ガイドに共通しています。
 ではなぜ写真が必要なのでしょうか。それは写真によって現物を確認するためなのではないかと、私は思っています。パリへ行き、シャイヨー宮から現実のエッフェル塔を目にしながら、手許にある旅行ガイドの写真と見比べ、それが同じ形であることを「確認」する。さすがにエッフェル塔くらい有名であればほかのものと見間違う人はないと思いますが、さほど知名度のない観光スポット、あるいは自分が事前に知らなかった観光スポットの場合、現地に行って「ああ、旅行ガイドの写真と同じだ」と安心するわけです。これは旅行ガイドに限らず、例えばレストランのメニュー(品書き)に、それぞれの料理のイメージ写真が付いている点など、日本特有の文化と関係すると思われるのですが、それについては今回は省略します。

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