ブックタイトル国士舘史研究年報第9号

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概要

国士舘史研究年報第9号

国士舘史研究年報2017 楓?118分ということになっている。一方の「一〇時間」というのは、一九六七(昭和四二)年八月二七日に海洋冒険者・中島正一が国士舘大学三年のときに、北海道の白神岬から青森県龍飛崎間の津軽海峡を泳いで横断した記録である。魔の海峡に真正面から立ち向かい、世界で初めて遠泳横断を成し遂げたこの所要時間こそが、中島の栄光の刻印だったのである。そしてそこには、幼いころから海峡横断を夢見ていた中島の、壮絶なドラマが刻み込まれていたのだった。子供のころの中島にとって、唯一の遊び相手は海だった。北海道松前郡福島町の海は、いつも優しく少年を包んでくれていた。はるか沖に目をやると、海峡をはさんで望む青森県龍飛崎の陸影は、横臥する母龍のように優しく静かに中島少年を招き寄せていた。その町(福島町―引用者)からは、津軽海峡をへだてて青森の連山が見える。風がヤマセに変わる直前には、向こう岸の龍飛崎に家並みがはっきりと見えた。北海道の少年にとって、そこは憧れの「内地」である) 1 (。そんな津軽半島に思いを馳せ、泳いでこの海峡を渡ることを、中島は子供のころから夢見ていたのである。だが、福島町では油を敷いたように穏やかな海が、一皮むけば獰猛な牙を覆い隠していることも、少年は地元の漁師たちから言い聞かされていた。「ベタ凪で海面は穏やかそうだが、ここには一皮捲れば海流が暴れまわっているんだ。だから沖合に見える縞模様の筋までいっちゃならねえ。とくにあの黒い縞の筋には、恐ろしい龍が潜んでいる」と。確かに、わずか一〇数キロの距離にある白神岬は、慣れ親しんだ海とはまるで異なる性格を見せていた。日本海から吹いてくる猛々しい北西の風に煽られた海面は、白い牙を?き出しにして周囲を威嚇している。特に、この海の怖さを総身に擦り込まれてきたのは、江戸時代の松前藩の人々だった。二〇一六年三月二六日、北海道福島町と青森県外ヶ浜町で津軽海峡を渡す「烽の ろ火し上げ」が、北海道新幹線の開業を記念して行われた。このイベントは江戸時代、松前藩の殿様が参勤交代の際に津軽海峡を渡る時の合図として烽火が使われたことに由来する。殿様を乗せた船が無事に津軽へ渡ると、烽火を焚いて松前側に報せ、海峡を挟んだ双方で君主の無事を祝ったのである。当時の日本人にとって、津軽海峡を帆船で渡るのは非