体育学部の科学

編集部: 体育学部の体育学科で、学生はどのようなことを学ぶのでしょうか?

 21世紀を迎え、スポーツの大衆化・多様化・生活化が進み、個々の人生において「楽しむ文化」としての体育・スポーツに、また、高齢化社会における「健康で生きがいのある生活」でのスポーツに、社会のニーズと期待が高まっています。一方で、オリンピックを頂点とする競技スポーツは、技術・戦術とも高度化して、高い科学性に基づいたトレーニングやコーチングなどを必要としています。このような中で、国士舘大学体育学部体育学科は、社会のニーズに応えるために、体育・スポーツの実践と理論的指導ができる人材の育成を目指しています。
 体育学部体育学科は、大きく3つのコースに分かれています。中学校・高等学校の体育の教員を目指す「学校体育コース」、トレーニング指導ができる人材を育成する「スポーツトレーナーコース」、そしてアスリートとしての自身の競技力を高めるとともに将来の指導者を目指す「アスリートコース」です。この3つのコースに共通している柱が、保健体育教員の養成です。体育・スポーツ分野の基礎科目と専門科目をバランスよく学び、今日の学校現場で必要としている教育者としての資質・能力を身に付けて、学校の子どもたちに適切な体育の指導ができる人材を養成したいと思っています。

編集部: 先生はどのような専門分野の研究をなさっているのですか?

 私が研究している分野は横断的に重なっているので、「これ」と一つに絞るのは難しいかもしれません。いくつか挙げるとすれば「運動生理学」「発育発達学」「トレーニング科学」といった分野になるのでしょうか。
 まず、「運動生理学」には二つの目的があって、一つは人間の体に運動という刺激を与えたとき、体がどのような反応を示すかを計測機器によって測定していくことです。もう一つは運動刺激を継続的に繰りかえしていくことで、どのように体の機能が適応し、変化していくか、その過程を調べることです。
 例を挙げると、人間は走ると心拍数が上がって呼吸が乱れますね。これは運動というストレスに対する体の反応です。いろいろな種類の刺激を、強度を変えて与えると、体が示す反応は変わってきます。それを調べていくのです。あとは、その刺激を継続的に与えることで、筋肉が太くなったり、血管が柔らかくなったりしていきます。いわゆるトレーニング効果ですね。どのような刺激を、どのくらいの強度で、どれほどの間隔で与えていけば身体機能が変化し、アスリートの競技能力が向上するのか、そういったことを調べています。
 そして、こういった身体測定の調査を、子どもから大人になっていく成長過程で調べていくと「発育発達学」の領域になります。私は生理学的な体力評価方法を使って、子どもからトップアスリートにいたるまでの体力の変化を調べることで、いろいろなスポーツ種目のアスリートにおける成長過程に応じた体力の目標値を示すことを研究活動のテーマとしています。

編集部: 体育学部体育学科では、どのような授業を担当されているのですか?

 授業としては座学の「運動生理学」と、実践的な「運動生理学実習」を担当しています。
 「運動生理学」は、体育の教員になるために欠かせない基礎的な知識を授けるもので、「体育学科」「武道学科」「スポーツ医科学科」「こどもスポーツ教育学科」の全学科に共通の授業科目になっています。
 一方、「運動生理学実習」は、体育学科の3年生に受けてもらっています。この授業では、「運動」という刺激を身体に与えたときのさまざまな反応を、いろんな器材を使って実際に測定していきます。先日はバスケットボールをプレーしているときの心拍数や、筋肉の使われ方を調べました。バスケットボールという競技の運動強度、つまりどれくらいきついスポーツなのかということを測定し、客観的なデータにしました。それを熟練者や初心者、男性と女性で比べてみるわけです。今回は測定機器の正しい使い方を学びましたが、次の授業では測定したデータの解釈の仕方を学んでいきます。

編集部: ゼミで学生はどのようなことを学ぶのですか?

 ゼミは3年生の「卒業研究1」と、4年生の「卒業研究2」を担当しています。
 まず3年次のゼミで、本格的に卒業研究に取り組むための基礎固めをやります。いろんな研究論文を読んで、自分の興味のある分野でどのような研究が行われているのかを整理していきます。面白いのは、教科書に載っているようなトレーニングでも、まだ明らかにされていない部分がたくさんあることですね。たとえば、ベンチプレスをするときに、持ち手の位置や肘の角度を変えると、使われる筋肉が変わってきます。「両手を広げると胸の筋肉が使われるようになる」と言われますが、先日学生が測定したデータでは、実際に筋電図を使って測ってみると、まったく違うところの筋肉の活動レベルが上がっていたりします。
 いろんな分野の研究論文を調べながら、並行して学生たちはさまざまな測定機器の使い方を覚え、自分なりの興味に沿ったテーマを見つけて卒業研究に取り組んでいきます。

編集部: 先生はなぜ「運動生理学」の研究を始めようと思われたのですか?

 私は小学校から高校までずっと野球をやっていたんですね。だから、大学を出たら地元の群馬で高校の教員になって、野球の指導をしたいと思っていたのです。ところが教員採用試験に落ちてしまいましてね、もう少し時間をかけてスポーツ科学の勉強をして、それから指導の現場に立ちたいと思って大学院に進学することになったんです。
 ずっと野球をやっていたから、大学院でも野球のバットの軌道とか、動作解析みたいなことを研究したいと思っていたのですが、指導教員の先生と話しているうちに、「子どもの体力の発育発達に関する研究をやってみたら」と言われたんですね。私にしてみれば「え?」という感じだったんですが、「これからは元気で強い子どもを育成する手助けになるような研究をしようよ」と先生に言われ、スピードスケートをやっている子どもたちの体力測定を始めることになりました。子どものうちから、データに裏付けられた科学的なトレーニングのシステムが作れたら、競技力が高められるんじゃないかと思ったのです。「フィットネスチェック」というのですが、選手の体力を測定して、データを客観的に評価し、個々人のトレーニングに活かしていく手法です。最初は苦労しましたが、何度も測定と分析を繰り返していくうちに、運動生理学や発育発達学、スポーツバイオメカニクスの分野に次第にのめりこんでいきました。

編集部: 「フィットネスチェック」について、もう少し詳しくお話しいただけますか。

 私は2001年から、地元の群馬を中心に、小学生から大学生までのスピードスケート選手を対象に年1回の「フィットネスチェック」をやってきました。今年で18年目になりますね。ずっと自分の研究としてやってきた測定会ですが、今は国士舘大学のゼミ生にも手伝ってもらっています。
 当初は、子どもから大人になるにつれて、どこの筋肉がどれだけ発達していくのかということを調べていたのですが、年々続けているうちにデータが積み上がってきて、短距離と長距離選手の筋肉分布の違いですとか、何歳ぐらいのときに、どこの筋肉がどれくらいのボリュームであるのが望ましいかといったことが評価できるようになってきました。また、筋肉が発達していても、実際の競技の動きになるとパワーが発揮できない選手がいるように、スケートの姿勢で発揮できるパワーが何歳くらいから身についてくるのか、など、徐々に測定評価の幅が広がってきました。
 最近では、トレーニング用の自転車を漕いだときのパワーを測定し、データを計算式に入れることで、実際の競技時に何秒ぐらいのタイムが出せるのかが推定できるようになりました。先日、アイルランドのダブリンで開かれた「ヨーロッパスポーツ科学学会」でこの研究成果を発表いたしました。

編集部: 「フィットネスチェック」は、国士舘大学の体育学部でもやってらっしゃいますね。

 はい、体育学部の中に「体育研究所」という機関があって、そこの研究プロジェクトとしてさまざまな競技種目の選手の体力データを測定しています。これまでにレスリング、空手、柔道の女子、ボクシング、陸上の長距離、トライアスロン等の選手のフィットネスチェックをやりました。うちのゼミ生も卒業研究の作成に活かせるので、手伝ってくれています。
 測定の中でよく使うのが、呼気ガスの分析器です。人間は常に代謝をしながら生きています。代謝とは、何かの物質をエネルギーに変換することですね。たとえば、酸素を吸って、それをエネルギーに変えて筋肉を収縮させている。その結果、二酸化炭素と水に分解されて、身体から出ていくわけですが、その過程を測定器を用いて調べるわけです。一呼吸ごとに、どれくらいの酸素を消費して、どれくらいの二酸化炭素を吐き出しているかとか、それを最大でどれだけエネルギーに変換できているかといった能力が分かります。
 ちょっと専門的になりますが、運動の強度が高まってくるにつれ、酸素ではなく、体内に貯蔵されている「糖」が使われるようになります。長距離タイプの選手は、酸素をエネルギーに変えるのは得意だけれど、糖やクレアチン燐酸を使うような酸素を必要としないエネルギー代謝には優れない選手もいます。フィットネスチェックをやると、そういう自分の身体の特性が分かってきます。こういう客観的なデータをもとに、個々の選手がどんなトレーニングを積んできたかが分かってきます。また、定期的にフィットネスチェックを行い、自身の変化を知ることで今後のトレーニングの課題を抽出きるようになってきます。

編集部: 国士舘大学にいらっしゃる前は、「国立スポーツ科学センター」に
いらしたそうですね。そこでは、どのような仕事をされていたのですか?

 「国立スポーツ科学センター」は、日本のスポーツの国際競技力向上を目的として、2001年に東京都北区に設置されました。私はそこで2011年から研究員として「スポーツ科学研究部」という部署に所属して、主にトップアスリートの体力測定評価を行ってきました。信頼性の高いデータを確実に取ってフィードバックするのが私達の主な業務で、各競技団体のコーチやアスリート自身が、そのデータを活用して、トレーニングの効果を高めていく下支えをするのです。
 「国立スポーツ科学センター」には、私のような運動生理学の研究者をはじめ、バイオメカニクス、心理学、栄養学、ストレングス&コンディショニング、医療などの様々な分野の専門家が、チームを作ってアスリートをサポートしています。このようなトップアスリート支援の体制は、これまで競技団体が独自に行うか大学や企業等の機関と競技団体が連携することで行われてきました。しかし、2001年に「国立スポーツ科学センター」ができたことで、職業としてアスリートの医科学サポートが行われるようになり、その活動の成果は確実に国際大会のメダル数に反映されるようになりました。
 一方、アスリート育成の分野では、JOC(日本オリンピック委員会)も、「JOCエリートアカデミー」という事業を立ち上げ、日本全国から有望な中学生・高校生の競技者を発掘し、「味の素ナショナルトレーニングセンター」を拠点として宿泊生活をさせながら、練習できる体制を整えています。選手達は定期的に「国立スポーツ科学センター」でフィットネスチェックを受け、発育状況や体力レベルの変化を確かめながらトレーニングを積んでいます。今では、レスリング、卓球、フェンシング、水泳(飛込競技)、ライフル射撃、ボート、アーチェリーなどの競技でこのサポートが行われていますが、若い段階からのアスリート育成にスポーツ科学による下支えを取り入れたのです。結果として世界で活躍するスター選手が次々と育ってきました。

編集部: 最後におうかがいしますが、
大学4年間の学びを通してどのような人材を育てたいとお考えですか?

 アスリートが競技力を高めていくうえで、監督やコーチなどの指導経験は大いに役立ちます。でも、それだけでは不十分で、指導やトレーニングを客観的に評価する作業も同じくらい大切となってきます。「今日は限界までトレーニングできた」と思っても、実際に身体の反応をモニタリングすると、それほど強度が高いトレーニングが行われていないというケースもあります。逆に、疲れを抜くために強度の低い練習をやったはずなのに、疲労物質を測ってみると数値が下がっていないということも多くあるからです。
 私のゼミで学んだ学生たちは、選手の体力レベルや運動中の生理反応を客観的に評価して、トレーニングをサポートする技術を身に付けていきます。ここでの学びを活かせる場として考えられるのは、まずアスリートをサポートする職業ですね。「国立スポーツ科学センター」でやっているようなアスリート支援の取り組みは、いま各都道府県に広がっています。また、大学の中にもこのようなアスリート支援に特化した施設を整備するところが増えてきました。アスリートの体力レベルを正確に測定し、客観的な評価に基づいてトレーニングをサポートすることができる人材が職業人として求められているのです。
 そしてまた、学校における体育の教員やスポーツ指導者を目指す学生にとっては、これからはスポーツ科学の確かな知識を持って、様々な知見を整理した上で選手の個性に応じた指導ができる能力を養って欲しいと思っています。2020年の東京オリンピックをきっかけに、「スポーツ立国」を目指す日本では、科学的な根拠に基づいてトレーニング指導ができる人材が不可欠になっているからです。
 体育学部に入ってくる学生は、やっぱりなんらかの競技をやってきた者が多いです。自分の大好きな競技スポーツの分野で、スポーツ科学の力でアスリートを支える知識と技術を身に付け、いずれは世界の舞台で活躍できる人材として送り出してあげたいと思っています。

熊川 大介(KUMAGAWA Daisuke)准教授プロフィール

●博士(体育科学)/国士舘大学
●専門/運動生理学、発育発達学