法学部の智力"

編集部: 国士舘大学法学部には、どのような学びの特徴があるのでしょうか。

 国士舘大学の法学部は大きく「法律学科」と「現代ビジネス法学科」の2つに分かれています。「法律学科」は、伝統的な法学教育を行い、主に憲法、民法、刑法などの基本法を中心に学びます。一方、「現代ビジネス法学科」は、ビジネスの世界で必要となる法律をより実践的に学ぶために設けられた学科です。
 しかし、どちらの学科に進むにしても、基本として法学部が大切にしていることがあります。それは法律を学ぶことを通して「法的思考力」を身に付けること。「法的思考力」とは何かというと、ある問題が生じたとき、自分で理屈を考え、説得力のある根拠を示し、結論を導く力のことです。筋道立てて物事を考える論理的な思考力といってもいいでしょう。4年間の学びでそういう力を育てていきたいと考えています。

編集部: 法学部は今年開設50周年を迎えます。
 学部長として新たな抱負はございますか?

 国士舘大学法学部が開設したのは昭和41年のことです。それから50年経ちましたが、世の中は大きく様変わりしました。当時は高度経済成長期のまっただ中で、人口も増え、インフラも発展し、日本全体に活気がありました。それに比べると今は出生率が減少し、少子高齢化が大きな社会問題になっています。そうなると、当然国内マーケットは縮小しますから、企業は嫌でも海外に出て、マーケットを広げていかなくてはなりません。もはや産業経済のグローバル化は必至のことなのですね。
 こんな中、教育を担う私たちにとって必要なのは、学生に日本人としてのアイデンティティを持ちながら、言語や文化の違う人たちと協働していく力を身に付けさせることだと思います。そういう意味で、法学部の学びはとても役立つものだと考えています。言語や文化の違う人間同士が、コミュニケーションを通して問題を解決するためには、お互いが受け入れられる論理的な思考が必要だからです。客観的な基準に基づく、説得力のある答えを導き出せる力を、学生には付けさせたいと思っています。
 もうひとつ大切なのは、実社会のニーズに応える教育だと思います。将来の進路や職業に結びついた実践的な教育をするためのカリキュラムですね。
 国士舘大学の法学部は、警察や消防に進む人が多くいます。そういう道に進むとき、どういう法律を学べば将来に活かせるのかを私たちは考えています。例えば、「現代ビジネス法学科」には知財を専門とする分野があります。近年、偽ブランド品や違法コピーの取り締まりが重要になっていますが、知財の分野に精通した警察官などは、今まさに求められている人材のひとつでしょう。
 4年間の勉強を通して、何を身に付け、どのような分野に進むのか。学生たちの進路をはっきり見据えたうえで、現在法学部のカリキュラム改革を行っているところです。学生のニーズを汲み取り、将来の夢や職業につながる学びを授けるのも、大学のミッションだと思っています。

編集部: 先生は国士舘大学で、どのような分野の研究をなさっているのですか?

 私が専門的に研究しているのは、法律の中でも「仲裁」「調停」といった「裁判外紛争解決手続」と呼ばれている分野です。英語でいうAlternative Dispute Resolution、略して「ADR」ですね。
 日本では紛争の解決方法として「裁判」が一般的で、「仲裁」と聞いてもピンと来ない人が多いでしょう。一般の人は「仲裁」と聞くと、喧嘩の仲裁や仲直りをイメージするようです。しかし、法律でいうところの「仲裁」は、一般的な仲裁とはまったく別物です。「仲裁」は、「仲裁法」という法律で規定された、裁判に代わるれっきとした紛争解決の手続なのです。
 ただし、裁判は国が行うものであるのに対して、仲裁は民間が行うものという違いはあります。そしてまた、裁判では「裁判官」が判決を下しますが、仲裁の場合は紛争している双方の当事者が選んだ「仲裁人」が審理をして、裁定を下します。
 ここで重要なのは、民間が行う紛争解決手続とはいえ、仲裁人が下した裁定は、裁判所が出した判決と同等の「法的効力」を持つということ。ここが同じADRでも、調停と違うところですね。仲裁の場合は、万一、裁定を相手が従わなかった場合、裁判所に持って行って権利を実現、すなわち強制執行することができるのです。

編集部: 仲裁は実際にどのような場面で活用されるのですか?

 主に国境を超えた国際間の取引などで仲裁はよく活用されています。なぜかというと、裁判の場合、裁判所が出した判決は他国で効力が認められない場合が少なからずあり、たとえば、日本の判決は中国で効力は認められません。逆に中国の判決も日本で効力は認められません。
 一方、仲裁の場合は、仲裁人の出した裁定には双方の当事者は従わねばならないことになっています。1958年、国連が「ニューヨーク条約」というものを作り、条約加盟国であれば、仲裁人の出した裁定は、裁判所が出した判決と同等の法的効力を持ちます。相手が従わなければ、相手国の裁判所に持っていき、財産を差し押さえしたり、強制執行を行うことができるのです。ですから、国際間の取引を結ぶ場合は、契約の段階から契約書に「万一紛争が起きた場合は仲裁で解決しましょう」という一文を入れておくことが多いのです。

編集部: 先生はオーストラリアに研修に行かれましたね。仲裁の研究で行かれたのですか?

 はい、2009年にオーストラリアのシドニー大学に半年間海外研修に行きました。オーストラリアという国は、国際仲裁はあまり盛んではありません。しかし、国内のADRが非常に盛んで、国内の実情をフィールドワークのような形で調べてみようと思ったのです。向こうではADRをやっている機関を調査したり、専門家たちとディスカッションしたり、日本の法律制度を講演でお話ししたりと、いろいろな活動をしました。なかでも印象深かったのは、調停人の資格を得るためのトレーニングを受けたことです。オーストラリアには調停人を育成するための研修制度があるのですね。朝から夕方まで1週間、調停人になるための訓練を受けました。結構たいへんでしたが、とてもいい経験になりました。オーストラリアで調査研究したことは、日本商事仲裁協会が発行している「JCAジャーナル」という雑誌に連載しました。

編集部: 仲裁のような難しい内容を、どうやって学生に教えるのですか?

 たしかに仲裁の話は馴染みがなく難しく、学生には分かりづらい面もあります。そこで私は4年前に「国際取引紛争」という本を書きました。この本は日本の中堅化学メーカーが、ナタリア国という架空の国にある、これまた架空のサミエル社という会社と取引し、その中でトラブルが発生し、主人公の1人である入社8年目の担当者は会社から命じられ、相手国へ行って交渉を始めます。ところが交渉に失敗して帰ってくるのですね。どこに交渉失敗の原因があったのか。次の選択肢として調停や仲裁があるわけですが、物語の流れに沿って、調停とは何か、仲裁とは何かを解説していきます。こうやって具体的な事例を示すことで、できるだけ学生には分かりやすく教えています。

編集部: ゼミも担当されていますね。ゼミではどんなことを学ぶのですか?

 国士舘大学の法学部では、少人数制のゼミでじっくり力を養っていきます。とはいえ、1年生の場合はいきなり法律には入れないので、論理的な思考を養う基礎的なことをやります。ロジカルシンキングとロジカルライティングですね。法律を勉強するうえで大事なのは根拠を示すことなので、どういう根拠に基づいて、どういう結論を導き出すか、といったことを学びます。
 2年生の私のゼミは調停が中心で、3年生から仲裁を学びます。ゼミのやり方はオーソドックスな形をとりますが、毎回発表者を決めて、教科書や判例を読み、自分なりに理解してプレゼンしてもらいます。聞き手の学生にはあらかじめ質問を用意してもらいます。発表者はその質問に答えながら議論をし、問題を深めていきます。2年次、3年次の学びが、4年次で行う卒業論文の制作に生きてきます。

編集部: 先生ご自身は、なぜ法律の道に進まれたのですか? 
 学生の頃から法律に興味があったのですか?

 いえ、学生時代はまったく畑違いのことを学んでいました。そもそも私は法学部ではなく、工学部の出身なんですね。大学を卒業して化学メーカーに就職し、技術営業を担当し、海外に機械や設備を売り込むという仕事をやっていました。
 入社後すぐに海外に行くようになって、数年後にはインドに行って、日本で中古になったプラントを販売するという仕事をやりました。インドの人はものすごく理屈が好きで、契約書を作るにしても一字一句、ああでもないこうでもないとやりあって、一週間ぐらいかかるんです。
 当然国際取引ですから、契約書に仲裁の条項を入れます。仲裁をどの国でやるか、仲裁人は何人にするか、細かなことまで議論して、それだけで1日かかってしまいます。私としては、そのあたりから仲裁に興味を持つようになったんでしょう。
 会社に入って10年ぐらい経ったとき、一般社団法人「国際商事仲裁協会(現日本商事仲裁協会)」が人を募集していることを知りました。仲裁には興味があったので、とりあえず受けようと思い、面接試験に行って自分のやっている仕事を説明し、仲裁に興味を持ったこと、本格的に研究したいことなどを話したら、採用してくれたのです。
 協会では働きながら大学の法学部に通って法律を学び、卒業後は大学院に行って法学修士を取りました。その後、国士舘大学の法学部に「現代ビジネス法学科」ができたときに、教員として声をかけていただきました。ですから、私の場合は他の先生と違ってちょっと異色の経歴なんです。いろんなことをしてきた経験が、学生に教える上で役立っていると思います。

編集部: 最後になりますが、法学部の学びを通して、どのような人材を輩出したいとお考えですか?

 法律というと堅苦しくて難しそうに聞こえますが、実は法律は、毎日の暮らしと切っても切れない関係にあるのです。たとえば朝起きて母親が食事を作るにしても、そこには子どもを育てる親の法的義務があります。外に出て道を歩けば道路交通法があり、コンビニに入って弁当を買ったら、そこで売買契約が成立しています。大学へ行くのに電車に乗れば、それは運送契約をすることになります。我々の生活は法律によって支配されているのです。
 日本にはだいたい2,000弱の法律があり、内閣が制定する政令などを含めると8,000以上もあります。でも、法学部に入ったからといって、それらの条文を暗記する必要はありません。大切なのは、はじめにもいいましたが、法律を学ぶことを通して、筋道立てて物事を考える力を身に付けることです。
 法律は数学などと違って解答がひとつではありません。物事を考えていく筋道もひとつではなく、複数あります。どれが正解で、どれが間違いかということもない。しかし、どういう考え方で、どういうプロセスを経て導き出した結論が、いちばん社会で受け入れられるか、その妥当性が問われます。
 社会に出ると、いろんな問題に突き当たります。その場合、たいてい答えは1つではありません。そこで役立つのが、「法的思考力」なんです。大切なのは、自分で考え、説得力のある答えを出す力。大学で4年間法律を学び、訓練していけば、こうした論理的な思考や問題を解決する力が身に付きます。社会に出てどんな職業に就いても、この力は必ず役に立つものだと思っています。

中村 達也(なかむら たつや)教授プロフィール

●法学修士/筑波大学大学院修士課程修了
●専門/仲裁法、国際民事紛争処理法