21世紀アジア学部の自力

編集部: 国士舘大学の21世紀アジア学部では、どういうことを学ぶのですか?

 21世紀アジア学部は、2002年に新設された比較的新しい学部です。この学部の存在意義をひと言でいいますと、「アジアで活躍できる国際的な感覚を持った人間を養成する」ことだと思います。ご存じの通り、現在アジア地域は急成長を続けています。中国や韓国が先立ち、タイ、インドネシア、ベトナムなどのASEAN諸国の成長は今更言うまでもなく、アジアとの結びつきは今後の日本の成長には重要なものです。その為この学部では、このようなこれからのアジアのフィールドで活躍できる人材を育成することを目指しています。
 それではアジアで活躍するためには、と考えますと経済の知識だけでも、文化の知識だけでもダメです。たとえば、タイに企業が進出する場合、その国の政治や経済はもちろんのこと、タイの歴史や文化等を肌で理解していることが望まれます。その為この学部では、「コミュニケーション能力」を軸にして、国際的に活躍する人材に求められることを横断的に学べるようになっています。

編集部: 企業が求める人材とは、どういう人材のことをいうのでしょう。

 大学教育の役割がどこにあるのかということについて、考え方はいくつかあると思いますが、そのひとつに就職を中心とした社会へ送り出す直前の機関という位置があげられます。長年、経団連が、企業が学生を採用するにあたり、何を重視しているのかということの調査※を行っています。最新のその結果は、複数回答で、86.6%の企業が、第1に「コミュニケーション能力」を重視していると答えています。2番目が64.9%で「主体性」、3番目が「チャレンジ精神」と続きます。これは、ここ数年同じ傾向です。一方で重視していないものは、「学業成績」が17位で5.7%、「出身校」が18位で3.0%ということでした。大学では知識・教養を身に着けることも大切です。更に、就職ということを考えますとこれに加えた力が求められています。
 大学の出口は決して一つではありませんが、就職ということを考えますと、この事実を踏まえて、教育カリキュラムを考えるようにしています。求められる能力が「コミュニケーション能力」、「主体性」、「チャレンジ精神」ですので、まずはそれを学生のみなさんが身に付くようにする。四年間、本学で学んでいると、最終的には企業が求める人材へと成長していける。そういうカリキュラム設計をしているつもりですし、また実際にそういった企業が求める人材が徐々に育っていると思います。

※「新卒採用(2013年4月入社対象)に関するアンケート調査結果」2014年1月9日 一般社団法人 日本経済団体連合会

編集部: それが就職のよさに結びついているということでしょうか。

 現在のグローバル化の波の恩恵を受けていることも大きな要因となっていますが、出口のよしあしを図る目安となる指標に「進路決定率」というものがあります。21世紀アジア学部は、昨年度は91.2%の学生が、卒業の時点での進路が決まっています。どんなところに就職しているかというと、よく象徴的に引き合いに出されますが、たとえば航空会社があげられます。ANAにはここ2年継続してキャビンアテンダントとして採用していただいています。今年度入社された方は米国に1年、来年度入社される方は中国に1年半留学していました。英語はもともとお得意で、英・中・日の3カ国語がビジネスの場で使える能力をもっていれば、就職はぐんと有利になるのはご理解いただけるかと思います。また彼女らは、決して語学だけを学びに現地に行ったのではありません。そこでの生活習慣をはじめとした文化にもしっかりと肌で触れて、文化的背景をもった言語コミュニケーション能力を身に付けられています。

編集部: 語学教育に力を入れていますね。それも即戦力の強化に結びつきますか?

 文化を理解した語学力を身につけることは、活きた言語を使えるということでとても大切であると考えています。新入生が入学して最初のガイダンスの日に、私はまず彼らにこう言います、「みなさん、ようこそ来てくれました。そして、すぐに出ていってください」と。キャンパスにいないで、どんどん外に海外に行って欲しいという意味です。みんなポカンとした表情で聞いておられますが、それでも後になって、「あのとき、あの言葉を聞いて私は韓国に行きました」、「中国に行きました」という学生がけっこういるのです。
 制度的にも21世紀アジア学部は、留学を後押しするようになっています。この学部では、最長2年半留学しても、4年間で卒業できるようになっています。協定校への交換留学であれば、学費もほとんど余分に支払う必要もありません。そして協定している大学は、どれも各国において実績のあられる大学ばかりです。これがまた良いのですが、就職活動時の履歴書にもこの留学先の学校名も記載することができ、その書類の価値がぐっと高まります。
 また、長期留学をされますと、いやがおうでも自律心や忍耐力、コミュニケーション能力が身につきます。語学力はもちろんのこと、海外の友人も大勢できます。大変なことも沢山経験するでしょうが、こういった経験をもつ学生を社会は求めているのではないでしょうか。この学部に入るからには海外留学をすることを、おすすめいたします。

編集部: 学内では、どのような形で学生を教えてらっしゃるのですか?

 私が担当をさせていただいている授業のひとつに「マネジメント」というものがあります。普段は、有り難いことに企業からも管理職・経営層向け講義の御依頼をいただくことがあるのですが、そこで使う教育プログラムのひとつを、そのまま学生にやっていただいています。中身は、社会人それも社内でもより経営に近い人が受講するものですので、学生にとっては難しく、大学院のMBAのコースでやるような教材を使っています。
 ただし、座学でやるより身につきやすいように、経営シミュレーションの手法を取り入れて授業を行っています。学生にはいくつかのチームに分かれ、グループごとに会社の経営を行っていただきます。生産はどのくらい行うのか、価格は、投資判断など、経営戦略を構築しチーム間で競います。その中で、企業が実際に使っている理論などを学んでいきます。テキストを見ますと一見難しいように思いますが、遊びの要素がカリキュラム全体に取り入れられていますので、楽しみながら、自然と知識が身につく仕組みです。
 学生は一所懸命やっておられますね。遊びの構成成分であります競争により、自然とその場に引き込まれて行き、授業以外の時間でもチームで集まって議論を繰り返し、経営戦略を練っていきます。議論する中で知識を活用しなければいけないようになっており、またチーム内で互いに教えあったりすることもありますが、この行為が学習には良い効果を上げると一般的な学習理論でも指摘されています。教員はあまり必要ない様ですね。

編集部: 学生が運営をしているNPO法人があるというのは本当ですか?

 はい。そのNPOで学生が起業をします。経営シミュレーション等で、身に着けた理論や感覚を今度は本当の実践の場で、使えるものにいたします。起業のアイディアはそれぞれの学生が考え、授業の中で発表してもらいます。それをみなで討議して、どの事業を実際に行い、誰がそれに参加していくかを決めていきます。今度はシミュレーションではないので、資金をどこから実際に調達するか等、誠に真剣です。
 たとえば、中国の学校支援プロジェクトがその1つです。中国は地方に行きますとまだまだ教育環境の整っていない地域があります。そこの小学校に生徒のための寄宿舎を作り、講師を派遣して教育支援をするという叱られそうなプロジェクトです。これのリーダーをされているのが、2年半中国に留学していた学生です。現地との交渉ごとは、この学生と中国から日本に留学に来ている学生が中心になってやっています。
 他にもいくつかありますが、日本人学生と留学生でチームを作り、語学カフェを開くという事業等もあります。ここでは、留学生と日本人学生とのコミュニケーションが数多くはかられますが、この環境は彼らが社会に出てアジアで活躍する場面を想定したものです。つまり、こういったNPOの活動は、実社会の仕事と同じ型にして、そこで社会に出る前から実践を重ねているということになります。そのため学生はとても多用で、週1回のゼミの授業は活動報告が中心で、むしろ学外での活動が学びの中心になります。学生はたいへんです。しかし、これだけやれるようになれば、ご理解の通り就職については、心配はほとんどありません。1日の24時間をフル活用して、学生たちは活動・学習を行っています。

編集部: 学内で学ぶだけが学びではない。キャンパスの外でも学んでいるということですね。

 そうです。実は私自身も、学内の業務が多用になってきたこともありますが、学生と触れあう機会をできるだけつくるために、学校の近くにもお部屋をお借りいたしました。朝の早い時間は駅前のコーヒーショップに居るようにして、土曜日も日曜日も出没していると、学校の最寄りの駅の近くに住む学生も多いですので、そこで「朝の会議」が始まります。また、時にはふらっとやってきて、「先生、これ教えて」となるわけです。
 夜もできるだけ駅の近くのお店で食事をしています。するとやはり学生がいらっしゃり、いっしょに食事もします。そこにはおおよそ、企業の方や、卒業生、御引退された方といったゲストがいます。そうやって学生と社会の人々との接点を作るようにしています。学びは、学内だけで完結するものでもないと考えています。学生が生活している日常の中でも、学びの機会を提供し、企業や社会との距離を縮めようと考えています。友だちや先生と議論するとか、社会人や先輩と触れあうとか、こういう学びを日々しっかり積み重ねてゆくと、社会人の方ともある程度お話ができるようになってきます。こうなれば、社会に出る前に大きな実力がついていくと思います。出口を見据えて、彼らの1日、1ヶ月、そして1年の学びの姿を考えてカリキュラムを作りますと、本当に手間も時間も、お金もかかりますが、こういった型ができてきました。

編集部: 先生は学生時代に起業なさいました。その経験が今のお仕事に役立っていますか?

 学生時代でしたが、ちょうどインターネットをどの様に活用するかということが考え始められようとしていた頃で、物流にITを活かそうと考えて創業いたしました。配送を終えた輸送トラックの帰りの便に積む荷物を、インターネットで検索できるモデルです。空便で戻るのはトラックにとっては無駄なことで、しかしタイミングよく積み荷を探すのは難しかった。その問題をITの技術で解決しようとしたわけです。帰り便は収入が得られるし、荷主は帰り便ですので安く運べる、そして、CO2削減もできると。当時、ITの波も徐々に来ており、また学生がつくった事業ということで注目していただき、新聞等のメディアでもよく紹介していただきました。
 もう一つ今の仕事に結びついているものを挙げるとすれば、大学院での研究テーマでしょうか。博士論文は「遊びと学び」というものを研究の中心にしていまして、日本の教育はどうしても遊びと学びを区別しがちで、子どもたちは勉強するときは遊んじゃいかん、なんて言われるわけです。しかし実際は、遊びの中に学びがあり、学びの中に遊びの要素を取り入れると、比較的学習がうまくいくんですね。企業のシミュレーションモデルを使った授業はその一例です。自分で起業をした経験と、「遊びと学び」という研究、実践と理論の両面から、本学で学んでいただく学生の皆さんに活かせればと考えています。

編集部: NPO法人の活動で、フィリピンの台風被害の復旧支援に行くとうかがいました。

 はい、現在計画をしています。学内のNPO法人でさまざまな活動を行っていますが、大前提は「社会の役に立つこと」です。企業は利益をあげることが第一になりますが、それだけでは、少し寂しいですね。しかし利益が上げられない理想は寝言です。当たり前なのかもしれませんが、これからの事業はより人や社会の役に立つという視点から物事を考えることがより重要な要素になってくるのではないかと考えます。
 そのため、NPOの活動を通して、社会の問題解決に貢献すること、これを学生にやって欲しいと思っています。私たちは、東日本大震災のときにも非力ですがボランティアで現地の支援に入らせていただきました。そして今回、台風で大きな被害が出たフィリピンの支援も始めています。今は募金活動ですが、現地のテレビ局がもつNGOに集めた資金をお送りいたします。彼らは現場まで入ってゆける数少ない団体です。今我々が行っても足手まといになることが多いです。この後、現地に邪魔にならないように入って復旧のお手伝いをできるよう計画を進めています。ビジネスだけではなく、こういうことも経験していただき、世界をよくみて、学びや自分の自信を深めてもらいたいと思っています。

編集部: 最後におうかがいします。学生にはどんな人間になって欲しいですか?

 私がそんな大それたことを言えませんが、望外の理想は、寄付してくれる卒業生を育てることでしょうか。これは冗談ではなく本当にそうなのです。もし、学生たちが社会に出て、大学時代を振り返って、「あのときのあの環境があったから今の自分がある」と思ったら、きっと後輩のためにその環境を護り何かしようと思いますよね。人的な面でも、金銭的な面でも、なんでも良いのですが、そういう思いで、後輩の活動を支援してくださる卒業生が出てきたら、比較的やっていることも間違っていなかったかなあと、嬉しく思います。その為にも今、我々は精一杯学生のことを考えて事を成します。
 学生には、社会に出て、本当に人のために役立つ仕事をやって欲しいと思っています。お金を稼ぐのも大事ですが、何をやってお金を稼ぐかということも大事です。最近の研究に、人が幸福を感じる尺度にはいくつかありますが、お金はあまり大きくなく、「貢献度」が重要な要素となっているというものがあります。「人のため、社会のためにどれだけ自分は貢献しているか」ということで、人は幸せを感じる。そして、その満足感が健康な長寿にもつながるという研究結果も出ています。ここで学ぶ学生たちには、社会に出て、人の役に立って、本当の意味で幸せな人間になって欲しいと願っています。

中山 雅之(なかやま まさゆき)准教授プロフィール

●横浜国立大学大学院 国際社会科学研究科 博士(経営学)
●専門/企業経営、経営教育、経営戦略

掲載情報は、
2014年のものです。