体育学部の覚悟

編集部: 体育学部のスポーツ医科学科とは、どのような学科なのでしょうか?

 スポーツ医科学科は、救急救命士になるための知識や技術を学び、身につけるための学科です。救急救命士は国家資格なので、まずは国家試験に合格しなければなりません。だから、学生たちはこの学科で、国家試験の受験資格の取得をめざして勉強することになります。ただし、受験資格だけなら、専門学校でも取得できるわけで、国士舘大学体育学部のスポーツ医科学科の特色は、救急面だけでなく、高齢者や幼児、身体障害者への対応、国内外の災害救助に対する知識や技術などがあわせて学べることです。4年制大学として日本で初めて誕生した救急救命士を養成する学科であり、幅広くいろいろなことを学べるのが、この学科のメリットだと思っています。

編集部: 先生は学生たちに、どのようなことを教えていらっしゃるのですか?

 僕がここで教えているのは、災害医学と蘇生学、それに救急医学です。どのようなと聞かれても説明しにくいのですが、ひとことでいえば、救急救命士の国家試験の合格に必要な知識ということになります。普通の大学とちがって、この学科に来る学生は、学ぶ目的がハッキリしています。それは国家試験に合格して、救急救命士の資格を取得することです。そのために知っておかなければならない知識というものがあり、それをしっかり身につけてもらうことが、僕のミッションだと考えています。
 具体的な話をすれば、たとえば、災害医学というのは、災害が起きた場合の医療に関する学問です。災害とひとくちにいっても、範囲が広い。3.11の福島のような原子力によるものも災害だし、以前に起きた地下鉄サリン事件も災害ですし、もちろん地震や台風なども自然の災害です。災害にはどういった種類があるのか。また、災害時の対応についてはどのようなものがあるのか。それは日本の法律でどう決まっているのか。病院ではどのように活動するか、被災地で救急隊員はどのような活動をするか、そういったことを学生には話しています。

編集部: スポーツ医科学科では、救急救命のさまざまな実習があるとうかがいました。

 はい、スポーツ医科学科では、海、冬(雪)山、河川などの遭難救助実習をはじめ、いろいろやっています。実習は、カリキュラムにゆとりのある4年制大学だからこそできることですね。救急救命という観点からは、場所がどこであろうと蘇生のやり方は変わりません。ですが、場所が難しい場所であれば、やはりそれなりの特殊性は考慮しないといけないでしょう。危険な場所では、自分の身の安全も考えないといけません。救命に向かった人間が被災するというケースもありえますから。救急救命士の国家試験に直接関係はありませんが、こういった実習を経験しておくのは、とても有意義なことだと思います。授業で聞いて覚えたことに、さらに実習での経験がプラスされると、より理解が深まります。他にも、医学部付属病院救命救急センターや東京消防庁の協力をいただいての病院実習、救急車同乗実習講義など、多彩に行っています。
 また、これも4年制大学としての特色になりますが、救急救命士の学びに加えて、教職科目を選択すれば、保健体育教員、養護教諭資格も取得できるカリキュラム編成になっています。体育学部に属するという特性を生かして、救急救命資格を持った保健体育教員や、養護教諭も養成しようという考えです。学校で万一のことがあった場合、救急救命士のスキルを持った先生がいるというのは、児童生徒の安全上、たいへん心強いものになると思います。

編集部: 先生ご自身は外科医として、病院の救命救急センターで働いておられました。
なぜ、救急医療の道に進まれたのですか?

 そうですね、私自身気付いたときには医者になろうと思っていました。外科に進んだのは、いい上司といい環境に恵まれたからでしょう。大学の先生の影響を受けて、この道に進むことを選択しました。救急に行ったのは、外科に限らず、すべての医療の入口が救急であるわけで、働いていたら、やっぱり救急を自分で勉強しなきゃいけないと思うようになったからです。それで、気が付いたら、ずっと救急に残ってしまいました。救急の仕事はやることが本当にたくさんあって、いまだにやりきれずに、終わっていないという感じがしています。

編集部: NPO法人のHuMAで、人道支援の活動もなされていますね。
HuMAとはどのような組織でしょうか。

 HuMAは、国内外で大きな災害が起きたときに、医療チームを派遣したり、災害医療に関わる人々の教育研修を行ったりしている組織です。たとえば、医師、看護師、臨床検査技師、薬剤師、放射線技師などの術者や、災害地で医療チームを支援する調整員などが活動しています。昨年の東日本大震災でも、HuMAはジャパン・プラットフォームの支援開始を受けて、3月21日から本隊派遣をし、宮城県の南三陸町に入りました。第一期は一次隊から五次隊まで、医師20名、看護師22名、調整員2名、薬剤師1名が参加しました。僕は、主に本部にいて、現場と連絡を取りながら、モノや人の手配、いわゆるロジスティックの部分を担当しました。現場との連絡がついたときに、こういう物が至急欲しいとか、そういう現地の要望を聞いて手配する調整役ですね。HuMAができたのは1998年ですが、僕は立ち上げのときから参加しています。HuMAの活動でいえば、2005年のパキスタンの地震と、2006年のインドネシアの地震のときにも行きました。これも全体のコーディネーションという役割でした。

編集部: それ以前にも医師として、海外の災害現場に行かれていますね。
なぜ人道支援の活動を始められたのですか?

 人道支援といいますが、そもそも医者自体の活動が人道支援みたいなものなので、働く場所が変わっているだけで、特別なことをやっているという意識はありません。初めて海外の被災地に行ったのは、1985年のコロンビアですね。ネバド・デル・ルイス火山が大噴火を起こして、山頂の東45㎞にあったアルメロという町が壊滅しました。当時、僕は医師として病院の救急で働いていました。ちょうどその一週間ほど前に、日本の国際緊急援助隊の研修を受けて、スタッフとして登録したばかりでした。そうしたらコロンビアで噴火が起きて、行けるかと打診があったので、行きますと返事をしました。噴火の最初の報道があったのが、確か日本時間の土曜日の朝で、その日の夜にはもう現地に向けて出発していました。使命感というのではないですね。とりあえず、そういう場所で自分は役に立つのか、役に立つのならやってみたいというだけでした。
 災害というものは、いつ起きるかわかりません。そして、起きたときは、すぐに駆けつけなければなりません。だから、普通ですとこういう活動に参加するのは、職場であまりいい顔をされません。仕事を置いて、急に行ってしまうわけですからね。その点、国士舘大学は理解があって、そういうことなら行ってきなさいと言ってくれます。僕としては、非常にありがたいことだと思っています。

編集部: 国士舘大学は、全学をあげて防災教育にも力を注いでいますね。

 そうですね。「防災・救急救助総合研究所」という組織が学内にあって、地域と防災計画を共有し、大学の施設や人材、資材の有効活用をめざしています。特に、東日本大震災以降、東京における直下型地震が想定され、多くの人が災害に対しての不安をつのらせています。この研究所は、防災や救急救助の高い専門知識を持ち、有事の際にはリーダーとして活動できる人材を育成することを目的として設立されました。
 先日も、研究所主催の「国士舘大学防災教育ならびにリーダー養成講座合宿」というのがあって、僕も講師をつとめました。合宿に参加したのは有志の学生で、体育学部のみならず、全学から希望者を募って実施しました。1泊2日の合宿形式で、講義で防災についての知識を学びつつ、実習で体を動かして、身をもってさまざまなことを学びました。たとえば、夜は学内に泊まり込んで、避難所と同じ条件でサバイバル生活を体験します。夜中には暗闇を想定しての夜間避難訓練なども行います。国士舘大学としては、ここで学んだ学生が防災リーダーとなって、防災の重要性を周囲に普及し、いざ災害が発生したときには、人々の安全な誘導や搬送、応急手当などを行い、地域のお役にもたてるよう願っています。

編集部: 救急救命士をめざすうえで、大切な心構えのようなものはありますか?

 救急救命士の心構えですか。難しい質問ですね。救急救命士は、ある意味公務員でもあるし、現場で働く労働者でもある。真剣に仕事をやろうと思ったら、どんな職業でも同じじゃないですか。救急救命士だからといって、特別なことはないと思います。
 ただ一つ言えるのは、救急救命士は、いまは完全に医療従事者として位置づけられているということです。法律でも、救急車に乗って病院に来るまでの間であれば、メディカルコントロールといって、点滴や気管の中に管を入れて気道を確保したり、薬を使ったりという医療行為を、医師の指示のもとに行えるようになっています。病院に来るまでの間、患者さんの生命を守るのは、救急救命士の仕事なんです。病院の中ではそれを医者がやる。救急車の中では救急救命士がやる。そういった意味では、医師と同列の重みを持つ立場なんですね。医師よりも先に、最初に患者さんと向きあう人間、それが救急救命士なんです。

編集部: 最後に、これから救急救命士をめざしたいと思っている高校生に、       
メッセージをいただけますか。

 そうですね。どんな職業に就いても、仕事の現場はたいへんなんですよ。いいことなんかありゃしない。プレッシャーもあるし、怒られたり、辛かったりしますからね。それでもやりたいというのは、その仕事がおもしろいか、興味があるか。「やりたい、やってみたい」と思うところがモチベーションになっている。だから、多少辛いことがあっても続くんだと思うんですね。そういう意味で、救急救命士は医師と同列の大切な仕事で、しかも病院に運ばれて来るまで、患者さんの命を預からなくてはならない。仕事の現場は、すごく厳しい環境にあるんですよ。で、これを僕が言うのもおかしな話なんですが、とにかくたいへんですよということぐらいしか言えません。この学科に入ったら講義も実習もあるし、難しい国家試験にも合格しなくてはならない。そのためには一所懸命、勉強しなくてはならない。甘い考えで来ると、たぶん後悔すると思います。だから、もし救急救命士をめざすなら、それなりの覚悟を持って来てほしい。厳しくても、たいへんでも、それでも救急救命士になりたい、人の命を助ける現場で働きたい。そう思うなら、ぜひ、国士舘大学のスポーツ医科学科に来てください。僕たちは、あなたたちに負けないくらいの真剣な思いで、一所懸命に教えます。

杉本勝彦(すぎもと かつひこ)教授プロフィール

●北里大学医学部医学科卒業
●専門/救急医学、外傷学、災害医学

掲載情報は、
2012年のものです。