21世紀アジア学部の飛躍

編集部: 邢先生は、どのようなきっかけで日本に興味を抱き、日本語を学ぼうと思われたのですか?

 私は中国の内モンゴルの出身なのですが、日本語は大連の外国語大学で学びました。ちょうど日中国交正常化が実現し、友好の機運が高まっていた時代ですね。当時はまだ、中国では日本語を使える人間が少なく、人材も不足していましたので、日本語を学べば、将来きっと役に立つだろうと考えたのです。それで、大学を卒業した後に、北京の日本語研修センターで学びました。そこは百人ぐらいの少人数制でしたが、有名な日本人の先生方が教えに来てくださり、徹底的に日本語と日本文化についての特訓を受けました。そのときの勉強は、たいへんためになり、いまも役立っています。その後、日本の大学に留学し、教壇に立ちました。そんな時国士舘大学から21世紀アジア学部ができるので、来てみないかというお話をいただいたのです。

編集部: 国士舘大学、特に21世紀アジア学部について、どのような印象を持たれましたか?

 21世紀アジア学部のことを初めて聞いたときは、本当にすばらしいと思いました。この学部の考え方が、それまでのどの大学とも違っていたからです。「21世紀はアジアの時代だから、アジアに精通した人材を育てることが日本の将来にとって大切だ」というお話で、学部開設の当時は、非常に先見性のある考えだと思いました。
 明治維新以来、日本人の目はずっと欧米を向いてきて、アジアに目を向ける人は少なくなっていました。私が日本に来た頃は、中国語のできる人も少なく、通訳できる日本人もわずかでした。しかし、考えてみれば、日本と中国には2000年にも及ぶ交流があり、ずっと友好的な関係を続けてきたわけです。疎遠になっていたのは、長い歴史から見ればほんのわずかな期間です。そして、いま、日中両国の関係は、21世紀アジア学部が見通していた通りになりました。現在、英語以外の第二外国語として中国語を学んでいる人は、全国に300万人ほどいるといわれています。また、500校ほどの高等学校が中国語の授業を採用していると聞いています。21世紀アジア学部は、まさに時代の先端を行っている学部なのです。

編集部: この学部の特色について、もう少し詳しく説明していただけますか。

 21世紀アジア学部が設置されたのは、2002年4月のことです。日本を含むアジアを学びのターゲットとして、アジア各地から多くの留学生を受け入れました。いま、国士舘大学の留学生数は、日本の他大学はもちろん、世界の大学と比しても多い方で、先進国の一流大学に匹敵しています。キャンパス自体が、すでに国際化しているのです。
 この恵まれた環境の中で、学生たちは週に3回、第二外国語として、アジアの言語を学んでいます。週3回というのは、日本の大学としては珍しいほど多く、また、指導する教員もほとんどがネイティブのスピーカーです。さらに、年に1回、必修の語学研修があります。この研修では約1ヶ月間、選択している言語の母国に出かけて寮生活を送ります。希望者は年に2回行くこともできます。このような形で、日本語と英語を含む3カ国語を徹底的にマスターします。この語学のスキルは、社会に出てから強力な武器になると思います。
 また、自分の学びたい授業を多分野から選択して履修できるのも、この学部のユニークな特色です。勉強したければ、いろんなことが勉強できる。そうして、学生には幅広い知識と教養を身につけてほしいと思っています。豊富な知識と教養は、分析力や判断力の基礎になります。これこそ、まさに企業が学生に求めている能力です。21世紀アジア学部は、国際化されたユニークな学びのカリキュラムを通して、世界のどこでも通用する強い人間を育てていこうとしています。

編集部: 徹底したグローバル教育ですね。語学研修は学生にどのような影響を与えますか?

 外国に行くと、学生は本当に変わりますよ。短期間でも変わりますが、特に長期間行くと大きく変わります。帰ってくると、ひとまわり大きくなったような感じがしますね。語学研修に行った後は、必ずレポートを提出してもらうのですが、ほとんどの学生が、研修先の外国について「聞いたり思っていたりしたことと違っていた」という感想を書いてきます。百聞は一見にしかずといいますが、行って自分の目で見て、確かめると、異文化をより深く理解することができるようになるのです。外国人とコミュニケーションを取るための第一歩は、互いの違いを理解しあうことです。学生には、どんどん外国に行って異文化に接してほしいし、大学の方でもそれを支援しています。

編集部: 先生のゼミではどのような授業を行っているのですか?

 私のゼミでは、とにかく幅広い知識と教養を身につけてもらうために、いろいろな話題を取りあげ、ディスカッションを行っています。異文化を理解するためには、それぞれの国の価値観や習慣、歴史、文化などを幅広く知る必要があるからです。こうしたバックグラウンドを含めた深みのある教養を身につけることで、語学力を超えた異文化リテラシーを育成したいと考えています。2500年前に、中国の思想家である孔子はこんな言葉を残しています。「人間の素質は判断力だ。」判断力を養うためには知識が必要です。知識を身につけるためには、幅広く勉強する必要があります。ここは、まさに幅広く、何でも学べる学部です。勉強したいものを自ら選び、自分のために勉強すればいいのです。

編集部: 留学生の比率が高いということは、日本人学生にとっても恵まれた環境ですね。

 その通りです。「留学生は生きた教科書だ」といわれています。書物はもちろん、教科書を通して得られる情報は、ほとんどが過去のものです。それに対して、留学生と交流して得られる情報は、生のリアルな情報です。たとえば、近年、中国では日本語ブームが起きています。就職や留学のために日本語の能力検定の試験を受ける人が急増しています。テレビや新聞ではあまり報じられないことですが、日本に興味を持っている中国人は確実に増えています。こういったことは、直接、外国人と友だちになって、話をしないと得られない情報です。また、3月の東日本大震災で取った日本人の行動も、世界では高く評価されています。物を奪ったり、暴動を起こしたりといった事件が起きなかったことに、世界の人は本当に驚き、日本人に尊敬の念を抱いています。こういった話を留学生の口から聞かされて、初めて日本の学生は気づくのです。自分たちが、いかに外国を理解していなかったかということを。

編集部: 反対に留学生にとっても、日本を知ることは大切ですね。

 おっしゃる通りです。日本に来た留学生は、みんな一様に驚きます。自国で知っていた日本のイメージとあまりにも違うからです。日本に来た留学生は、帰りたくない人が多いのです。日本人は礼儀正しく、真面目で、サービスもいいし、治安もいい。いいことばかりだというんです。このような留学生が抱いた好印象を、彼らが本国に帰って話せば、友だちの間で一気に広がります。こうして、異文化の理解は人から人へと広がっていくのです。日本にいる留学生の多くは、心から日本人学生との交流を望んでいます。日本人と話す機会が増えれば、日本語の上達が早くなるからです。だから、日本人の学生はどんどん留学生に声を掛けて、友達になってほしいと思います。そうすれば、「生きた教科書たち」から、授業で学ぶ何倍もの貴重な知識を得ることができるのです。

編集部: 21世紀アジア学部の学びを通して、どのような人材を育成しようとお考えですか?

 21世紀アジア学部のキャンパスは、留学生の比率が高くもはや日本ではありません。日本国内にこれだけの環境を揃えている大学は、そう多くはありません。この国際的な環境を活かして、日本人の学生にはどんどん留学生と交流してほしいと思っています。語学の勉強はもちろん大切ですが、言葉だけを学ぶのでは「木を見て森を見ず」です。語学はコミュニケーションのための道具にすぎず、大切なのは異文化交流をすることです。コミュニケーションが取れれば、誤解も解け、互いに仲良くなれます。政治、経済、文化、なんでもいいから、生の情報を留学生から吸収してほしいと思います。
 これから、日本の社会はどんどんグローバル化していきます。企業も海外に進出していきます。だから、日本の学生も内向きではなく、外に目を向けて、積極的に外国に出て、外国人とコミュニケーションしてほしいと思います。学内・学外の実践を通じて、アジアというフィールドで生き抜くために必要な自己表現力と発信力、相手の国や文化に対する深い理解力・受容力を磨き、これからの国際交流の担い手となる人材を作っていく。これこそが21世紀アジア学部の使命だと私は考えています。

邢志強(KEI Shikyo)教授プロフィール(邢志強教授は、2023年2月に逝去いたしました。)

●大連外国語大学日本語学部卒業、北京日本語研修センター修了、1985年日本留学
●専門/日本語文法論、日中言語対照研究

掲載情報は、
2011年のものです。