体育学部の情熱

編集部: 体育学部こどもスポーツ教育学科とは、どんな学科ですか?

 一言でいえば「体育が得意な学校の先生」を養成する学科ですね。体育学部にある教育学科という特色を活かして、こどもと一緒に体を動かし、どろんこになったり、汗だくになったりしながら、ともに遊び、学べる先生を育成しようと考えています。小学校の一種の教員免許状に加えて、中学校と高等学校も一種の保健体育の教員免許状が取れるのも、この学科の大きな特色です。

編集部: 体育が得意な先生が、なぜ求められているのですか?

 いま、教育の現場では、いじめや不登校などが問題になっています。こどもたちの“心”がどうもおかしくなっている。原因はいろいろあると思います。遊ぶ場所が少ないとか、テレビゲームの問題とか、受験や習い事で忙しすぎるとか。それで、“心”の観点から教育や人間形成を考えたとき、スポーツの果たす役割はとても大きいと思うのです。がんばる気持ち、負けない気持ち、思いやり、チームワーク、挫折の克服など、スポーツはいろいろなことを教えてくれます。もちろん国語や理科・算数などいろいろな科目の基礎学力は大切ですが、それに加えて、体を通してこどもたちにいろいろなことを教えられる、元気いっぱいの先生を育成しようというわけです。

編集部: 担当されている「理科概論」では、どのようなことを教えているのですか?

 「理科概論」では、教師としてこどもたちに理科を教えるための知識やポイントを教えています。最近、こどもたちの理科離れが問題になっているでしょう。その一因は学校の先生にあると思うのです。理科の得意でない先生が増えているから。私は二年生の最初の授業で、学生たちにこう言います。「私の使命は、まず、みんなに理科を好きになってもらうことです」と。こどもの理科離れを防ぐためには、なによりも将来先生になる人たちに、理科を好きになってもらう必要があると思っています。

編集部: 先生ご自身、小学校の教員をなさったこともおありですね。

 はい。小さいときから先生になりたいと思い、高校の頃からその思いを強くしました。理科と出会ったのは、実際に教師になってからですね。当時、先輩に非常に熱心な方がおられて、「初等理科教育研究会」というのがあるから、そこで一緒に勉強してみないかと誘われたのです。その研究会は、こどもの物の考え方や、どうやったら自然認識が身につくかとか、問題解決型の学習はどうやったらいいかとか、そういうことを熱心に追究していました。そこで勉強させていただいて、ずいぶんと鍛えられましたね。

編集部: ダンゴムシの研究もなさったとか……

 ダンゴムシは、その後のことです。東京都に「都立教育研究所」という機関があって、そこの試験を受けて、1年間教育の現場を離れ、研究に集中しました。ダンゴムシにもオスとメスがいて、交尾をして、脱皮して、こどもを生む。あんな小さな生き物だけど、立派な生き様があるのです。ダンゴムシは何を食べるのだろうかと、いろいろな葉っぱや野菜を与えて研究しました。10分後、20分後、どれを食べてどれを食べないかを、根気よく観察し、記録を付けていくのです。主に枯れ葉を食べるのだけれど、その中でも何の枯れ葉が好きなのかと……。こんなことがきっかけで、理科の指導の仕事に携わるようになっていったのです。

編集部: その後、行政などの指導者として活躍されたのですか?

 東京都の教育委員会の試験を受けて、理科の指導主事として行政に入りました。千代田区、都立教育研究所、東京都の教育庁の指導部などで指導主事を務め、東京都教職員研修センターでは課長をやらせていただきました。その後、足立区の小学校で校長職を経験してから、港区の教育委員会に行って指導室長を務めました。合計で14年間ぐらい、教育行政の仕事についていたことになります。こういった教育の現場や行政でのキャリアが、いまの仕事に活きていると思いますし、また活かしていくことが私の使命だと考えています。これから学校の先生になる若い人たちに、私が学んで来たことをすべて伝えていきたいと思っています。

編集部: 学生を教える上で、何か工夫をなさっていますか?

 学生たちに教えるときは、できるだけ具体的に物を見せるようにしています。たとえば、昨日もアブラナの花を使って授業をしました。まず全体を観察してから、分解していって、花びらが4枚、おしべが6本、めしべが1本で、といったことを見ていきます。すると、一本のアブラナの中にも人生のあることが分かるのですね。「ほらここがめしべだった所。めしべの元の部分が種になるよ」。こんな風に見ていくと、みんな納得します。中には「一本のアブラナの中に歴史がある」などという学生もいます。このように、部分だけではなく、まるごと物を見ることが理科では大切で、テストの勉強だと、花びらが何枚でおしべが何本で、というような些末な知識を問うことになる。それじゃ、理科はつまらなくなります。自然の中でアブラナも、ダンゴムシも、一所懸命生きている。この物自体が私たちに語りかけてくる、そのことをじっと観察し、学ぶことが大切なのです。

編集部: 夏の臨海実習でも、磯の生物観察をしますね。

 はい。体育学部全体で行なう臨海実習に、こどもスポーツ教育学科の学生たちも参加します。体育学科やスポーツ医科学科と一緒の合宿ですから、かなりハードな内容です。2時間の遠泳などにも、他学科の学生と一緒に挑戦します。その実習のプログラムの中に、こどもスポーツ教育学科は、磯の生物観察を入れています。場所は千葉県の岩井海岸なのですが、岩場に行くと学生たちは「カニだ!」「魚がいるぅ!」などといって、キャアキャアはしゃいでいます。その岩場の水たまりにいる生き物をプランクトンネットですくって、宿舎に持ち帰って顕微鏡で観察します。「あ、ミジンコがいる!」「動いているよ!」と、みんな興味津々でのぞいています。

編集部: 自然に触れることの楽しさを知ることが大切なのですね。

 まさに、その通りです。実をいうと、今でも小学校までは理科好きのこどもが多いのですよ。それが中学・高校と進むにつれ、数式が出てきて、理科嫌いが増えてしまう。もちろん理科に数式は必要です。ただ、数式をなぜ使うのか、その意味を理解すると、こどもたちは案外興味を示すものです。たとえば天気予報をするためには、空気の流れを計算しなければならない。そのために数式が必要なのだよと。理科は自然を相手にする学問で、私たちの暮らしに密着したものです。それがテストのための勉強となると、とたんに退屈で、味気ないものなってしまいます。だからこそ、小学校のうちに先生が、理科の本当の楽しさを十分にこどもたちに伝えてほしいと思います。理科の本質を知り、本当の楽しさを理解することで、理科離れは防げると私は考えています。

編集部: ここで学ぶ学生に、どんな先生になってほしいとお考えですか?

 私は学生たちに言うんですよ。「みんなはもう、ノーベル賞の対象にならないかも知れないけれど、あなたたちが先生になって、理科を教えて、楽しいと思った生徒の中から、将来ノーベル賞学者が出るかもしれませんよ」って。先生というのは、そういう「明日を創っていく」すばらしい仕事なのです。理科に限らず、物を学ぶというのは、いろいろな物事を関係づけたり意味づけたりすることなのだろうなと思います。いろいろなものを見て、経験して、そして考えることが、学ぶことなのです。これは大人になっても同じで、私にだって、毎日発見があります。勉強というのは、どこかで完結するものではなく、ずっと続くもの。だからこそ、先生になっても、ぜひ学び続けてほしいと思います。そして、その学び続ける姿勢をこどもたちに見せていってほしい。そんな先生と触れ合うことで、こどもたちは元気に、すくすく育っていくのだと思います。

藤井 千恵子(FUJII Chieko)教授プロフィール

●埼玉大学卒業、都立教育研究所、東京都教職員研修センター、等を経る。
●専門/理科教育、生活・総合的学習教育、等。

掲載情報は、
2010年作成時のものです。