21世紀アジア学部の夢

編集部: ご専門の「保存科学」とは、どんな分野の学問ですか?

 「保存科学」は、文化財の保存や修復に自然科学的な手法を用いるという学問です。一般に「文化財の保存修復」というと、紙すきや漆塗り、宮大工といった職人さんによる修復作業を連想される方が多いのですが、「保存科学」では、CTスキャンやハイテクな分析装置を使って元素を調べたり、化学的な薬剤などを用いたりします。あらゆるサイエンスの手法を駆使して、遺跡やそこから出てくる貴重な遺物などを、現状に近い形で保存修復しようというのが「保存科学」です。

編集部: 実際に科学を使って、どのように文化財を保存するのですか?

 日本は湿気が多いですから、土の中に埋もれていた木製の遺物は樹脂分が抜け、過分の水を含んでいます。中には含水率2000%といったものもあり、これはもうスイカのように、指でぐしゃっとつぶせる状態です。これをそのまま乾燥するとボロボロになってしまう。それで科学の力を借りるわけです。一つ例をあげるとすれば、高分子物質のポリエチレングリコール(PEG)という薬剤を用いる方法です。PEGは軟膏や口紅等の原料にも使われる薬剤で、常温では固形だけど、55℃以上に熱すると水に溶けるという性質があります。このPEGの水溶液に遺物を漬け込むと、PEGがじわじわと浸透して水と入れ替わります。PEGは常温では固形なので、遺物の元の状態を保ったまま保存できるようになるのです。

編集部: 先生は、なぜこの研究分野に進もうとなさったのですか?

 もともと私は学校の先生になるつもりでした。それで美術と理科の教員免許を取得したのですが、たまたま当時、東京藝術大学大学院に「保存科学専攻(現・美術研究科文化財保存学専攻)」というのができまして、美術と理科の両方に詳しい人間に来てほしいと誘われました。それでこの道に入ったわけです。とはいえ、当時はまだ日本においては科学を使った保存修復の分野が確立されてなく、ヨーロッパの文献を読みながら、見よう見まねでやっていました。外国と日本では風土も遺物の材質も違うので、試行錯誤をしながら日本の文化財に合った保存方法を開発してきたのです。

編集部: 世界の各地で、保存修復のお仕事に携わってらっしゃいますね。

 世界でもいろいろやってきました。たとえばチリ領イースター島にあるモアイ石像の保存修復事業もその一つです。倒れた石像を起こし、取れた首をつなぐという修復をしましたが、そのために我々はわざわざ透水性の高い専用の接着剤を開発しました。なぜなら、石像は凝灰岩という脆い岩でできており、雨水が岩の中を通り抜けていくからです。接着剤で水の流れを止めてしまうと、そこから劣化が進みやすい。だから、水をよく通す特殊な接着剤で首をつなぐ必要があるわけです。ところが、現地の人は漆喰で首をつなぐという。石像は頭だけで20数トンもあるのだから、「漆喰じゃ無理だ」といっても向こうは聞かない。勢い議論になるのですが、最後は半々でやろうということになりました。で、やってみると、やはり漆喰ではうまくいかない。それでようやく私たちの方法を認めてくれるわけです。ここで学んだのは、国際交流をする場合、一方的な押しつけはダメということ。まずお互いを尊重し、理解しあう、これが交流の第一歩になります。そのうえで技術の融合を図り、その中から新しいものを生みだすことが大切です。

編集部: 先生が関わられている東アジアの学会にも、この考えが生きているわけですか?

 その通りです。3年前に「東アジア文化遺産保存学会」というのを立ち上げましたが、まさにこの精神で活動をしています。いま、中国と韓国と日本で約400人の会員がいますが、まず互いの技術を認めあうことを交流の第一歩にしています。ただ仲良くするだけではなく、そこから議論を活発に交わし、融合の中からアジア独自の新しいものを創りだしていく。そして、それを世界に発信していこうと考えています。これこそが望ましい文化発展の形だろうと思いますね。

編集部: いま、世界中で遺跡の劣化が進んでいるという話を聞きました……

 確かに、遺跡の劣化は進んでいます。それもここ20~30年で一気に傷みだしているように感じます。これは危機的状況です。背景には、地球の温暖化や大気汚染等、環境の悪化などがあるといわれています。たとえば、高松塚古墳の壁画にカビが生えたのも、奈良地方の気温の上昇が原因のひとつではないかと……。これまで1300年以上大丈夫だったものが、ここに来て急速に劣化しはじめている。それも世界規模で進行しています。遺跡を悪化した地球環境から遠ざけるのではなく、それと共生できる保存技術を、至急考えていく必要があると思います。

編集部: カンボジアのアンコール遺跡も傷みが進んでいるのですか?

 アンコール遺跡も例外ではありません。私はいま、日本政府を通じた「バイヨン」という寺院の保存修復プロジェクトに参画していますが、現地にこの秋、「オープンレクチャー」という形で学生達を連れていきます。「バイヨン寺院」は、アンコール遺跡の中でも非常に美しい寺院で、私どもはそこの回廊の浮き彫りの保存修復をめざしています。学生には現場の実験作業を手伝いながら、異文化に接してもらって、保存修復の実際を学んでもらうと同時に、国際交流を肌で実感してもらおうと考えています。

編集部: 国際交流といえば、先生は「アジア・日本研究センター」のセンター長もなさっていらっしゃいますね。

 「アジア・日本研究センター」は、アジアの社会的・文化的な諸現象を学術的に究明し、開かれた研究交流の場を提供する機関です。歴代のセンター長は学長が務められていましたが、今年からこの大役を私が仰せつかることになりました。今年が設立10周年で、いろいろなイベントを企画しています。記念式典にはブータンから講師をお招きして、「幸せとは何か」をお話しいただこうと思っています。また、学生を対象に「アジアと幸福」と題したエッセイコンテストを企画しています。さらに、センターでは毎月のようにフォーラムや講演会を開催し、地元の方との交流も深めていこうと考えています。

編集部: 21世紀アジア学部では「文化遺産マネージメント研究」
      「文化遺産と地域コミュニケーション」などを教えられていますが……

 はい。私はこれまでずっと保存科学の分野で研究を続けてきました。しかし、ここに来て、そろそろ次のステップ、新たな創造の時代へと入っていく必要があると考えています。そのキーワードのひとつが「文化遺産マネージメント」です。情報開示の流れの中で、文化遺産の公開・活用のニーズが高まってきています。貴重な文化財を保存するだけでなく、教育・地域・観光の切り札として活用しようというわけです。皆さんよくご存じの佐賀県の吉野ヶ里遺跡や、青森県の三内丸山遺跡などは、その成功した好例でしょう。この新たな動きに、いま日本全国の市町村が注目していますし、世界的にも起きている潮流なのです。

編集部: この分野の学問を学生に教えるために、何か工夫はなさっていますか?

 学生にはなるべく現場を見てもらうことにしています。たとえば、私が日本各地で関っている保存修復事業の一つに、逗子市にある名越の切通しがあります。ここは北条氏の鎌倉防御の重要拠点の一つで、国指定史跡になっています。こういった切通しの保存修復は、気象条件や岩石の成分が複雑に絡むので難しく、その都度知恵をしぼってチャレンジしなくてはなりません。また、市の観光資源として活用する場合でも、地元住民中心の保存対策も併せて考えなくてはなりません。こういった文化財の保存や活用に関する諸事を、総合的に考えていくことが「文化遺産マネージメント」なのです。

編集部: この分野の学びを通して、どのような人材を育成なさりたいとお考えですか?

 たとえば、博物館にしても、昔はただ展示するだけでよかったのですが、いまは上手にショーアップして、より多くの見学者を呼べるようにしなくてはなりません。魅力的でわかりやすい展示を工夫するのはもちろんのこと、イベントの企画・運営など、実務をトータルに行なえる人材が求められています。私は「文化遺産マネージメント」の学びを通して、文化財の保存・活用の現場で即戦力となれる人材を育てたいと思っています。そのためには、国際交流や異文化への理解、ビジネスのセンスも必要です。幸い、国士舘大学の21世紀アジア学部では、文化に対する洞察力からビジネス・日本語教育まで幅広く学べます。学生にはこうした学びを通して、地域や社会はもちろん、アジアや世界で活躍できる人間に育ってほしい。そして、このような「マネージメント力」を身につけるとともに、更に自ら新しいものへの創造に向き合っていくような、「文化力」を高めていってほしい。そうなれば、どんな仕事や現場でも活躍できる人間になれると、私は確信しております。

澤田正昭(さわだまさあき)教授プロフィール

●学術博士。東京藝術大学大学院修了、奈良国立文化財研究所埋蔵文化財センター長、等を経る。
●専門/保存科学、文化財科学、文化遺産マネージメント、等。

掲載情報は、
2010年作成時のものです。